FUJII METHOD — EVIDENCE-ALIGNED SINGLE CASE STUDY
「椎間板ヘルニアの後遺症を一回で治す」と言われた伸展時の突っ張り ── 実際に確認できたのは、首の付け根を緩めた直後までだった
BEFORE
マラソンの走り込みをきっかけに1年前、レントゲンとMRI検査を経て腰椎椎間板ヘルニア(本人申告)と診断されたという、商社勤務でマラソンを趣味にする受講生。診断後は医療機関・治療院での施術を受けず、自己流のストレッチだけで対処し、腰そのものの痛みはデモ当日にはほぼ気にならない程度まで軽快していた。ただし、体を反らす動作(伸展)をすると、伸展約20〜30度のあたりから左側を中心に全体的な突っ張りが再現された。
AFTER
疼痛誘発動作テストで、お腹・脇腹を押しても伸展時の突っ張りに変化はなかった一方、首の付け根(斜角筋・肩甲挙筋と説明された部位)を押すと、その場で突っ張りがほぼ消失。施術者が「治療的診断」と呼ぶ、呼気に合わせた数十秒程度の持続圧のあと、再び行けるところまで反ってもらうと、本人は違和感が出なくなったと回答した。
経過:セミナー内デモンストレーション・評価目的の短い刺激(治療的診断)のみ。施術者自身が「これは評価であり、まだ治療ではない」と明言しており、本格的な治療(うつ伏せでの全身へのリリース)は、この場では受講生全員による実技練習に委ねられ、この動画には収録されていない。
施術の動画
はじめに
「一回で治す」というタイトルと、実際に映っているものの間にある距離
この動画のタイトルには「椎間板ヘルニアの後遺症を筋膜リリースで一回で治すところを、全て公開します」とある。28分という長さもあり、実演を含む可能性が高いと判断して取り上げたが、実際に音声を一言一句書き起こして精査すると、動画の前半は施術者自身の経歴・臨床哲学についての長い語りが占め、後半でようやく複数の受講生が順番にデモンストレーションの対象として登場する構成になっている。本記事が扱うのは、そのうち最初に登場した、商社勤務でマラソンを趣味にする受講生の一例である。
この受講生は、1年前にマラソンの走り込みをきっかけに腰部の症状が出て、レントゲンとMRI検査を経て医師から椎間板ヘルニアの診断を受けたと申告している。しかし、診断後は医療機関にも治療院にも通わず、自分で調べたストレッチだけで対処してきたといい、デモ当日には「腰はもう今全然(大丈夫)」と話すほど、腰そのものの痛みはすでに軽快していた。残っていたのは、体を反らす(伸展)動作をしたときに、左側を中心に生じる「全体的な突っ張り」という、より限局的な症状である。
施術者はこの突っ張りに対して、疼痛誘発動作テストで反応する部位を絞り込み、首の付け根(斜角筋・肩甲挙筋と説明された部位)への短い持続圧――施術者自身が「治療的診断」と呼ぶ評価的な刺激――を行った。その直後、伸展時の突っ張りは本人の言葉で「違和感がなくなった」というところまで変化している。本記事は、この一連の流れを、動画に実際に映っている範囲に忠実に追いながら、タイトルが示唆する「一回で治った」という表現とどこが一致し、どこが一致しないのかを、解剖学の視点も交えて整理する。
先にお伝えしたいこと ── この記事の立ち位置
①「椎間板ヘルニア」は本人の申告であり、1年前に画像検査を受けたとのことですが、その診断書・画像そのものは動画内に提示されていません。②動画のタイトルにある『一回で治す』を、本記事は『治った』『完治した』という意味では書きません。動画に映っているのは、評価段階での短い介入(治療的診断)直後の変化までであり、施術者自身が本格的な治療をこの場では行っていないと明言しています。③徒手療法は椎間板そのものを治すものではありません。しびれの拡大、進行する筋力低下、膀胱直腸障害などがある場合は、医療機関での緊急の評価が優先されます。
STEP 1
1年前の診断とその後 ── レントゲン・MRIを経て、以後は自己流のケアだけで
セミナー冒頭、参加者に痛みの様子を尋ねる場面で、本人はこう申告している。「ヘルニアをやりました」「腰椎の2番3番あたりなんですけど、こっちの方が痛みが出ます」「立ってたりとか、生活をしていると、だんだん重くなってくる」「痛みはこの、反った時の、左足の攣りというかつっぱりが出てくる」。施術者はこれを聞いて「典型的ヘルニアですね」と応じている。
実際にデモンストレーションの対象として前に出てもらったあと、施術者が「ヘルニアって言われたのはいつ頃?」と尋ねると、本人は「1年前です」「マラソンやってるんですけど、走りすぎで」ときっかけを説明した。続けて「その時、治療は何をされたんですか」という問いに対しては、「レントゲン撮って、MRI撮って」「治療はしてないです」「自分でできるかなと思って」と答えている。診断がついたのかを確認する施術者に、本人は「診断がついたわけですね」「はい」と応じており、医師からヘルニアという診断名を受け取ったこと自体は、本人の記憶として明確である。
ただし、この診断の裏づけとなるレントゲン・MRIの画像そのものや、診断書の文言は、動画内に一切提示されていない。本記事はこの点を最初から明確にしたうえで、「椎間板ヘルニア」という診断名を、確定した医学的事実としてではなく、本人が前提として語った情報として扱う。
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1年前の診断当初は反った時に左足の攣り・つっぱりがあったというが、デモ当日は自己流ストレッチでほぼ軽快し、伸展約20〜30度で左側全体の突っ張りが再現される程度だった。
また、本人は「もう今はだいぶ寛解はしてきた」「かなりストイックなタイプ」と評されるほど、自分なりのセルフケアを続けてきたと話す。「全体ストレッチをすると解けます」「緩んでる時は全然大丈夫」としつつ、「けどやっぱり戻ってきてしまう」「ちょっとした動きの時に、あー、つったたー、ってなりますね」とも述べており、良い状態と悪い状態を行き来しながら、少しずつ改善してきた経過がうかがえる。デモ当日、施術者が「痛みを出してもらわないと授業が進まない」と伝えたうえで実際に深く反ってもらうと、伸展約20〜30度のあたりから、左側を中心に「全体的に突っ張る」感覚が再現された。
画像で『ヘルニア』と言われることについて
無症状の人を対象にした画像研究では、椎間板の膨隆・突出に類する所見が、加齢とともにかなりの割合でみられることが報告されています。つまり、画像検査でヘルニアに類する所見が指摘されたことと、今この瞬間の症状の原因が今なお椎間板にあることは、必ずしもイコールではありません。本症例でも診断から1年が経ち、症状の性質(強い痛みではなく特定の可動域だけで生じる突っ張り)が変化している点を踏まえる必要があります。
STEP 2
評価 ── 伸展(反る)を基準動作にする
施術者がまず行ったのは、痛みの「見える化」だった。「痛みっていうものは相手の主観なんで、こっちがどうじゃないんです」「相手がどう思ってて、どの可動域で、どこまで行った時にどんな痛みが出るのかっていう記録をしておかないと、皆さんのやってるものの効果判定ができない」と述べ、可動域・出現するタイミング・本人の言葉での表現を、その場で確認しながら記録していく。
本症例では、伸展(体を反らす動作)を基準動作とし、「だいたい伸展2、30度ぐらい行ってきた時に出る」「左が突っ張って、全体的に突っ張るのを感じる」という、本人の言葉と可動域の目安が、この時点で共有された。この基準があるからこそ、後の首の付け根への介入前後で、同じ条件のもとに変化を比較できることになる。
STEP 3
疼痛誘発動作テスト ── お腹・脇腹は変わらず、首の付け根で変わった
施術者が用いたのは、他の症例記事でも登場する「疼痛誘発動作テスト」である。伸展動作を繰り返してもらいながら、身体のさまざまな部位を押さえ、突っ張りの出方がどう変わるかを確認していく。
最初に首の付け根(施術者の説明では斜角筋のあたり)を押しながら反ってもらうと、「あ、行きますね」「これ、行くっすね、まだこれ」という反応があり、施術者は「首のここの根っこを触りながらやると、さっきだるさが出たりとか違和感が出たところで、なんか出てないんですよね」と説明している。次に反対側の首の付け根を押した際にも、「あ、行っちゃいます」「なんか結構いいな」という反応が続いた。
一方、お腹を押しながら反ってもらうと、「あんまりいかないです」「変わらないですね」という回答だった。脇腹を押した際も「これもそんなに変わらないです」という反応で、この2箇所については、少なくともこの日、この条件下では、伸展時の突っ張りとの関連が確認できなかった。
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お腹・脇腹を押しても変化はなかったが、首の付け根を押すと伸展時の突っ張りがその場でほぼ消失した。
施術者はここで「ヘルニアって言われたら、この辺(腰)に原因あると思うんですけど、この辺の首とか肩甲骨ら辺とか触ってると、めちゃめちゃ可動域上がって、痛みも全く出なくなっちゃうんすよ」「ほんまにそれヘルニアなん?って話なんすよ」と述べ、本人にも「どこが一番良かった?」と尋ねている。本人は「首の方です」「動き良かった気がする」と回答し、これを踏まえて施術者は「首らへんから、この反った時にずっと悩まされてたやつに原因があるんじゃないのか」という見立てに至った。
評価で変わることと、原因が確定することは別です
押している間に突っ張りの出方が変わることは、介入候補を絞り込む手がかりにはなりますが、それだけで医学的な因果関係が証明されるわけではありません。反復による慣れ、期待、注意の向き先の変化でも反応は変わりえます。本人の「動きが良かった気がする」という回答も、盲検化されていない状況下での主観的な報告であることを踏まえて読む必要があります。
STEP 4
なぜ“首の付け根”なのか ── 斜角筋・肩甲挙筋の解剖
反応があった首の付け根には、解剖学的な理由づけが可能である。施術者が名前を挙げた斜角筋(しゃかくきん)は、頸椎の横突起から起こり、第1・第2肋骨へ停止する筋群で、頸部の側屈・回旋、そして呼吸補助筋としての役割も担う。もう一つの肩甲挙筋(けんこうきょきん)は、上位頸椎の横突起から起こり、肩甲骨の上角へ斜めに走る筋で、肩甲骨の挙上や頸部の側屈・伸展に関与する。
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施術者は「頸椎が伸展方向にスラストできないほど固まっている」と、この2つの筋を候補として説明した。
施術者はこれらの筋が固まっていることで「伸展という反る動作に対して頸椎が伸展方向にスラストできない」「ここだけ固まりすぎているから、腰に違和感や突っ張りが来る」と説明している。頸椎が伸展方向へ十分に動けない場合、体幹全体で反る動作を代償しようとする過程で、腰椎や胸腰部の組織にかかる負担の分布が変わる、という考え方自体は、運動連鎖の観点から不自然ではない。ただし、これは施術者の触診上の解釈であり、実際に頸椎の可動域や腰椎への負担分布を計測した結果ではない点には注意が必要である。
STEP 5
椎間板ヘルニアそのものの解剖 ── 髄核・線維輪・神経根
本人が申告した「椎間板ヘルニア」という状態そのものは、一般に、椎間板の中心にある髄核(ずいかく)が、外側を取り囲む線維輪(せんいりん)の亀裂を通って後方または後外側へ突出し、近くを通る神経根を圧迫することで、腰部の痛みや下肢のしびれを引き起こす、というメカニズムで説明される。
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髄核が線維輪を破って後方へ突出し、神経根を圧迫することで痛みやしびれが生じる、という一般的な説明。本人の実際の椎間板の状態はこの動画からは確認できない。
この本人の椎間板が、実際にどのレベルで、どの程度突出しているのか、あるいは現在どの程度改善しているのかを、この動画から確認する術はない。徒手療法は、椎間板そのものの位置や構造を元に戻すものではなく、あくまで周囲の筋・筋膜の緊張や、動作パターンに働きかけるものである。本症例で扱われているのも、椎間板そのものの治療ではなく、伸展動作にともなう周辺組織の緊張への評価的な介入であるという整理が正確である。
STEP 6
治療的診断 ── 呼吸に合わせた持続圧
反応があった首の付け根に対して、施術者はこう前置きしている。「私これ評価なんで、まだその治療ではないんですよ、皆さんちなみにね」「ちょっとこの辺の首の組織を私ちょっと緩めてみますね」「私筋膜リリースにおける、治療的診断と言います。治療に本格的に入る前に、組織を少しだけ動かしてみて、どういう風に変わるのかっていうところを見るんですね」。
実際の操作は、強く押し込むものではなく、「大きく一回吸いましょうか。で、吐き出す」という呼吸の誘導に合わせて、手の下の感覚で様子を見ながら圧を保つ、というものだった。施術者自身が「これでも、痛みが減るとこまで様子を見てるわけなんです」と述べているとおり、力の強さよりも、組織の反応を待つプロセスに重点が置かれている。
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施術者はこの短い介入を「治療的診断」と呼び、本格的な治療とは明確に区別して説明していた。
STEP 7
結果 ── 「違和感出なくなっちゃいましたよね」
持続圧のあと、施術者は「じゃもう一回これで反ってみよう」と促し、本人に「行ける所まで反ってみてもらえますか」と尋ねた。本人が反っていくと、「行ける、行ける」という発言があり、施術者は「違和感出なくなっちゃいましたよね」と確認している。開始時に伸展約20〜30度のあたりから生じていた左側の突っ張りは、この場では感じられなくなったことになる。
施術者はこの反応を踏まえ、「あなたの痛みっていうのは、ここの首の根元にあるような斜角筋とか肩甲挙筋とかって言われるものが固まってるせい」「ここを直してあげると、多分それもほぼなくなる」と結論づけている。ここで注意したいのは、この結論が「即時的な反応が一つ得られた」という事実の上に立てられた臨床的な仮説であり、長期的な改善や、腰椎の状態そのものの変化を確認したものではない、という点である。
STEP 8
この動画に映っていないこと ── 「3番はこの後、全員で練習する」
施術者はこの流れを「繋がりを知って、評価をして、治療をする」という3ステップで説明していた。しかし本症例において、実際にうつ伏せでの本格的なリリース治療が行われ、その結果が撮影された場面は、この動画には収録されていない。施術者自身が「じゃあうつ伏せになってやっていきましょうかみたいな感じで治療に入るんですね」と、治療の入り方を一般論として説明したあと、「これがだからこの治療の3ステップの話。この今も2番まであったんで、3番はこの後全員で練習するんで」と述べ、動画は本人へのデモンストレーションを終えて、次の受講生(肩の症例)へと移っていく。
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首の付け根への評価的な介入で伸展時の突っ張りは軽減したが、胸腰部への本格的なリリース(治療)はこの動画には収録されていない。
つまり、本記事のタイトルの由来となった動画の「椎間板ヘルニアの後遺症を一回で治す」という言葉が指しているのは、実際にはこの評価段階における即時的な変化までであり、腰椎そのものの後遺症が完全に解消したことを示す場面ではない。翌日以降の持続性、日常生活での再現性、そして「治療」として本来行われるはずだった全身へのリリースの内容と結果は、いずれもこの動画からは分からない。
しびれ・脱力・排尿排便の異常があれば、徒手療法より先に医療機関へ
本症例では、下肢の進行する筋力低下や、両側性の症状、膀胱直腸障害を示唆する発言は確認できません。しかし、椎間板ヘルニアという診断名が扱われる以上、一般論として明記します。しびれの範囲が急速に広がる、足に力が入りにくい、尿や便のコントロールがしづらいといった症状(馬尾症候群を示唆する所見)がある場合は、徒手療法よりも先に、医療機関での緊急の評価が優先されます。
考察
専門解説 ── 評価としての一貫性と、確認できていないことの線引き
【専門解説】本症例の観察点は、①1年前に画像検査(レントゲン・MRI)を経て医師の診断を受けたと本人が申告する椎間板ヘルニアの既往、②その後の自然経過・セルフケアによる大部分の軽快、③現在残る、伸展動作に限局した左側優位の突っ張りに対する疼痛誘発動作テスト、④首の付け根(斜角筋・肩甲挙筋)への短い持続圧直後の即時的な変化、の4点に整理できる。
まず診断の扱いについて。本人は画像検査を経た診断を申告しているが、動画内にレポートや画像そのものの提示はない。加えて、無症状者を対象とした画像研究では、椎間板膨隆や突出に類する所見が年齢とともにかなりの割合で観察されることが報告されており(Brinjikji et al., 2015)、「画像上ヘルニアと指摘された」という事実だけでは、現在の症状の原因が今なお椎間板にあるとは限らない。本症例でも、診断から1年が経過し、症状の性質(強い痛みではなく、特定の可動域でのみ生じる突っ張り)が変化している点は、この時間差を踏まえて読む必要がある。
解剖学的には、施術者が候補として挙げた斜角筋・肩甲挙筋は、いずれも頸椎の側面・後面から起こり、肋骨や肩甲骨へ停止する筋である。これらが過緊張すると頸椎の可動性、特に伸展方向への動きに影響しうるという説明自体は不自然ではない。ただし、「頸部の筋緊張が腰椎の伸展時痛に直接影響する」という遠隔的な機序は、単一の解剖学的経路として確立されたものではない。浅後線(superficial back line)に沿った自己筋膜リリースが、離れた部位の可動域に影響しうるという報告はあるが(Fauris et al., 2021;Joshi et al., 2018)、これらは主にハムストリングスの柔軟性を対象としたものであり、頸部への介入が腰部の伸展可動域に及ぼす影響を直接検証したものではない。胸腰筋膜(thoracolumbar fascia)が体幹の力の伝達に関与するという解剖学的知見(Willard et al., 2012)と組み合わせて考えれば、遠隔部位への感覚入力が体幹の運動戦略や防御性の筋緊張に影響し、結果として伸展可動域が変化するという仮説は成立しうるが、これはあくまで仮説であり、本症例単独で機序が証明されたわけではない。
疼痛誘発動作テストそのものについても、対照条件・盲検化・角度の定量計測を伴わない臨床的な探索手法であることに留意が必要である。押している間の反応が、期待、注意の転換、反復による慣れなどの非特異的な要因を含んでいる可能性は排除できない。首を押した際に「動きが良かった気がする」という本人の主観的評価は、それ自体貴重な情報だが、盲検化されていない状況での自己報告であることも踏まえて解釈すべきである。
最も重要な限界は、この動画が「治療的診断」という評価段階の延長線上で終わっている、という事実そのものである。施術者自身が本格的な治療を「この後、全員で練習する」と述べたとおり、実際のリリース治療とその結果はこの動画には収録されていない。神経症状(しびれ、進行する筋力低下)や、両下肢に及ぶ症状、膀胱直腸障害(馬尾症候群を示唆する所見)を伴う場合は、徒手療法の前に緊急の医療機関受診が必要であり(Verhagen et al., 2016)、本症例ではこうした所見は語られていないものの、椎間板ヘルニアという言葉が扱われる記事である以上、この点は明記しておく必要がある。
考察
やさしい解説 ── 「評価」と「治った」は違う、という話
【やさしい解説】「ヘルニア」と聞くと、レントゲンやMRIで診断された、はっきりした病気のように思うかもしれません。実際、この動画の本人は1年前に画像検査を受けて医師の診断を受けたと話しています。ただし、その画像や診断書そのものは動画には映っていません。また、画像検査で椎間板の膨らみが見つかること自体は、痛みのない人でも年齢とともによく見られることが分かっています。なので「画像でヘルニアと言われた」ことと「今の症状の原因が今も椎間板にある」ことは、必ずしも同じではありません。
施術者が行ったのは、体を反らしたときの突っ張りを確かめながら、お腹、脇腹、首の付け根など、いろいろな場所を軽く押して反応を見る、という作業でした。お腹と脇腹では変化がなく、首の付け根を押すと、突っ張りの出方が大きく変わりました。これは、原因になっていそうな候補を絞り込む作業であって、その場ですぐに「治った」と決めつけるものではありません。
実際、施術者自身が「これは評価であって、まだ治療ではない」とはっきり言っています。首を少し緩めたあと、もう一度反ってもらうと、その場では違和感がなくなったように見えました。ただし、動画の中でも「本格的な治療は、この後みんなで練習する」と話しており、実際の治療の様子や、その結果がどうなったかは、この動画には映っていません。
動画のタイトルには「一回で治す」とありますが、この動画から確認できるのは、評価の途中で首を少し緩めたら、その場で反る動作の違和感が減った、というところまでです。ヘルニアという診断名がある場合、しびれが広がる、力が入りにくくなる、排尿・排便がしにくくなるといった症状があれば、徒手療法よりも先に、医療機関ですぐに相談することが大切です。
よくある質問
この症例を誤解しないための4つの答え
Q. この動画で、本当にヘルニアの後遺症は一回で治ったのですか? ── A. 動画に映っているのは、評価段階での首の付け根への短い持続圧(治療的診断)直後の変化までです。施術者自身が「まだ治療には入っていない」「本格的な治療はこの後、全員で練習する」と述べており、実際のリリース治療とその結果、翌日以降の経過は撮影されていません。タイトルにある『一回で治す』を、本記事は『完治した』という意味では書きません。
Q. ヘルニアは、首をほぐせば治るのですか? ── A. いいえ。本症例では、疼痛誘発動作テストで『この人はお腹・脇腹には反応がなく、首の付け根に反応がある』ことを先に確認したうえで、その部位に注目しています。人によって関連する部位は異なるため、評価せずに首だけを狙っても同じ結果になるとは限りません。また、徒手療法は椎間板そのものを治すものではありません。
Q. 画像検査でヘルニアと言われたのなら、原因は確実に椎間板ではないですか? ── A. 無症状の人を対象にした画像研究では、椎間板の膨隆や突出に類する所見が、加齢とともにかなりの割合でみられることが分かっています。画像上の所見が指摘されたことと、今の症状の原因が今なお椎間板にあることは、必ずしも同じではありません。
Q. しびれや脱力がある場合、まず何をすべきですか? ── A. 足のしびれが広がる、力が入りにくい、両足に及ぶ、あるいは排尿・排便がしづらいといった症状がある場合は、徒手療法よりも先に、医療機関での画像検査・神経学的評価が優先されます。本症例にはこうした所見は語られていませんが、椎間板ヘルニアという診断名を扱う記事として、この点は明記しておきます。
まとめ
評価としての誠実さと、動画に映っていないことへの誠実さ
本症例は、マラソンをきっかけに1年前に椎間板ヘルニアの診断を受けたという受講生が、自己流のケアで大部分の症状を軽快させたあと、なお残っていた伸展動作時の左側の突っ張りについて、疼痛誘発動作テストによる評価を受けた一例である。お腹・脇腹には反応がなく、首の付け根(斜角筋・肩甲挙筋と説明された部位)に反応があり、呼吸に合わせた短い持続圧のあと、伸展時の突っ張りがその場で感じられなくなったことが確認できた。
しかし本症例が特に伝えるべきなのは、結果の華やかさではなく、動画に何が映っていて、何が映っていないかという境界線である。施術者自身が「これは評価であり、まだ治療ではない」と明言したうえで、実際の本格的なリリース治療とその結果は撮影されないまま、動画は次の受講生のデモンストレーションへ移る。タイトルが示唆する「一回で治す」という結果を、この動画だけから事実として受け取ることはできない。
評価によって症状に関連しうる部位を絞り込み、その場での反応を確かめる、という手順そのものには臨床的な合理性がある。しかし、それは治療の全過程でも、医学的な因果関係の証明でもない。椎間板ヘルニアという診断名の扱い、神経症状に対する医療機関受診の必要性、そして動画にまだ映っていない部分を推測で埋めないこと――この三点を明確にしたうえで、本症例を一つの学びとして記録する。