FUJII FASCIA INSTITUTE シンボルマークFUJII FASCIA INSTITUTE藤井翔悟 筋膜研究所
内臓と腰痛のやさしい話

揉んでも軽くならない腰痛の話 ―― 腰の痛みが、いつも腰から来ているとは限りません

マッサージを受けた直後は軽いのに、翌朝にはまた重い。その繰り返しに心当たりのある方へ、「腰痛」という言葉が実はいくつもの原因をまとめた呼び名であること、おなかの側の状態が腰の重さに関わることがあるという見方、そして今日の台所からできる小さな工夫を、専門用語をできるだけ使わずにお話しします。あわせて、揉んではいけない腰痛の見分け方(受診の目安)も最後にまとめました。

著者:藤井翔悟 / 読了目安 12 分 / 最終更新 2026-09-01

「腰を揉んでもらった直後は軽くなるのに、次の日の朝にはまた重い」。治療の現場にいると、この言葉を本当によく聞きます。厚生労働省が3年ごとに行っている国民生活基礎調査でも、体の不調を感じている人がいちばん多く挙げる症状は、男女とも「腰痛」でした(2022年/令和4年調査)。つまり腰痛は、特別な人だけに起きる珍しい不調ではなく、日本でいちばんありふれた「体からの合図」です。ありふれているぶん、私たちはそれを深く考えずに扱ってしまいます。「腰が痛いのだから、原因も腰にあるはずだ」。この一見あたりまえの前提に、実は落とし穴があります。このページでは、難しい理論はいったん脇に置いて、腰痛という言葉の中身と、おなかの側から腰が重くなることがあるという見方を、順を追ってご説明します。読み終えたときに、今日の夕食と寝る前の1分だけ、いつもと変えてみようと思っていただけたら十分です。

そもそも「腰痛」は、病気の名前ではありません

意外に思われるかもしれませんが、「腰痛」は病名ではなく、症状につけられた呼び名です。日本整形外科学会と日本腰痛学会がまとめた『腰痛診療ガイドライン2019(改訂第2版)』では、腰痛をまず「体幹後面に存在し、第12肋骨と殿溝下端の間にある、少なくとも1日以上継続する痛み」と定義しています。むずかしい言い方ですが、要するに「いちばん下の肋骨から、おしりの下のしわまでの間の、背中側の痛み」であり、それが1日以上続いていれば腰痛と呼ぶ、ということです。片側または両側の脚に広がる痛みをともなう場合も、ともなわない場合もあります。

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「腰痛」と呼ばれているのは、この範囲の痛みです
後面から見た図 上の線=いちばん下の肋骨 下の線=おしりの下のしわ この範囲の痛みが「腰痛」 期間による呼び分け 急性腰痛:発症から4週間未満 / 亜急性腰痛:4週間以上3か月未満 / 慢性腰痛:3か月以上

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診療ガイドラインは腰痛を「体幹後面にあり、第12肋骨と殿溝下端(おしりの下のしわ)の間にある、少なくとも1日以上続く痛み」と定義しています。片側または両側の脚に広がる痛みをともなう場合も、ともなわない場合もあります。つまり「腰痛」とは、痛む場所と続いた期間で区切った呼び名であって、原因を言い当てた言葉ではありません。

ここで大事なのは、この定義が「どこが」「どれくらい続いたか」だけで区切られていて、「なぜ痛いのか」には一切触れていないことです。腰痛という言葉は、原因を言い当てた言葉ではないのです。ちなみに期間による呼び分けもあり、発症から4週間未満を急性腰痛、4週間以上3か月未満を亜急性腰痛、3か月以上を慢性腰痛と呼びます。「もう半年も付き合っている」という方は、この分類でいえば慢性腰痛にあたります。慢性と聞くと不安になるかもしれませんが、これは重症度の話ではなく、あくまで続いた期間の話です。

腰痛の原因は、6つのグループに分けられています

同じガイドラインは、腰痛の原因を6つに分類しています。①脊椎とその周辺運動器由来(椎間板ヘルニア、脊柱管狭窄症、圧迫骨折、筋・筋膜性のものなど)、②神経由来、③内臓由来、④血管由来、⑤心因性、⑥その他。ここで注目していただきたいのは、③内臓由来と④血管由来が、最初から堂々と並んでいることです。ガイドラインは内臓由来の例として腎結石・尿路結石・腎盂腎炎などの腎尿路系の病気、子宮内膜症などの婦人科系の病気、そして妊娠を挙げ、血管由来の例として腹部大動脈瘤や解離性大動脈瘤を挙げています。腰が痛いという同じ訴えの中に、腰の骨や筋肉とはまったく違う場所から来ているものが、最初から想定されているということです。

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腰痛の原因は、6つのグループに分けられています
原因別分類 腰痛の原因 1. 脊椎とその周辺運動器由来・椎間板ヘルニア・脊柱管狭窄症・圧迫骨折・骨粗鬆症・筋・筋膜性 ほか2. 神経由来・脊髄腫瘍・馬尾腫瘍 ほか3. 内臓由来・腎結石・尿路結石・腎盂腎炎・子宮内膜症など・妊娠4. 血管由来・腹部大動脈瘤・解離性大動脈瘤 ほか 5. 心因性 ・うつ病 など 6. その他 ・上記に当てはまらないもの 「非特異的腰痛」 原因を1つに特定できない ものの総称 出典:日本整形外科学会・日本腰痛学会 監修『腰痛診療ガイドライン2019(改訂第2版)』の原因別分類にもとづき作成 ※内臓由来・血管由来が疑われる腰痛は、手技や運動ではなく医療機関での診断が必要です。

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『腰痛診療ガイドライン2019(改訂第2版)』は、腰痛の原因を脊椎とその周辺運動器由来・神経由来・内臓由来・血管由来・心因性・その他の6つに分類しています。ここで注目したいのは、内臓由来と血管由来が最初から並んでいることです。腰が痛いという同じ訴えの中に、腰の骨や筋肉とは違う場所から来ているものが想定されている、ということになります。

もうひとつ知っておくと役に立つのが、「非特異的腰痛」という言葉です。これは、検査をしても原因をひとつに特定できない腰痛の総称で、腰痛の多くがここに含まれるとされています。「原因不明」と言われると突き放されたように感じますが、実際には「危険な病気ではないことは確認できたが、痛みの発生源をひとつに絞り込めていない」という意味合いです。ガイドラインも、非特異的腰痛について、病態の解明が進めば個別の疾患へと編入されていく途上の集まりだという趣旨の説明をしています。裏を返せば、原因が特定できない腰痛だからこそ、生活の側から関われる余地が残っているとも言えます。

「腰の痛み=腰の故障」とは限らない、という前提

腰痛の多くは、背骨まわりの組織や筋肉・筋膜が関係するものです。ただ、ガイドラインが原因分類に内臓由来・血管由来を含めているとおり、そうでないものも確かに存在します。だからこそ、腰痛を「揉めばよいもの」と決めつけず、まずは原因の当たりをつけるという順番が大切になります。

おなかの側と腰は、袋と膜でつながっています

私たちの体の中で、胃や腸、腎臓といった内臓は、宙に浮いているわけではありません。薄い膜に包まれ、その膜を介して背骨の前側や骨盤の底にゆるやかにつなぎ止められています。腰の奥には、背骨の前を通って太ももの付け根に向かう大きな筋肉(大腰筋)があり、その前面は、腎臓などを後ろから支えている膜と隣り合っています。さらに上に目を向けると、呼吸のたびに上下している横隔膜が、みぞおちの奥で背骨に足をかけるようにつながっています。つまり、「おなかの中身」と「腰を支える筋肉」は、膜という薄い連続したシートを介してご近所さんなのです。

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おなかの中身と、腰を支える筋肉は隣り合っています(体を横から見た図)
体を左から見た模式図 横隔膜(呼吸で上下する膜) 胃・腸などの内臓 大腰筋(背骨の前を通る筋肉) 腰の骨(腰椎) ここがポイント 内臓は宙に浮いておらず、薄い膜を 介して背骨の前側につなぎ止められて います。その膜のすぐ裏側に、腰を 支える筋肉が走っています。

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背骨の前側には、みぞおちから太ももの付け根へ向かう大きな筋肉(大腰筋)が走っています。その前面は、内臓を後ろから包む膜とすぐ隣り合っています。さらに上には、呼吸のたびに上下する横隔膜が背骨に足をかけるようにつながっています。「おなかの中身」と「腰を支える筋肉」は、薄い膜を介したご近所さんである、という位置関係を押さえておくと、この記事の話が立体的に見えてきます。

この位置関係を知っていると、腰の痛みを「腰の表面の筋肉の問題」だけで考えるのが、いかに狭い見方かが分かります。私たちが腰と呼んでいる場所には、手で触れられる背中側の筋肉だけでなく、その何層も奥に、姿勢を支える筋肉と、内臓を吊り下げる膜が重なっています。マッサージの手が届くのは、そのいちばん外側の層です。もちろん外側の層をゆるめることには意味がありますが、奥の層が姿勢を保つために働き続けている状態のままなら、外側だけをゆるめても時間とともに元に戻ってしまいます。「揉んだ直後は軽いのに翌朝には戻る」という感覚は、この構造をそのまま反映しているように思えます。

「揉んでも戻る」ときに起きていること

食べすぎが続いたとき、冷たいものばかり飲んだ翌日、便秘が何日か続いたとき、あるいは強い緊張が続いて呼吸が浅くなっているとき。私たちの体は、おなかの側をかばうように、無意識に少し丸まった姿勢をとります。試しに、おなかが痛いときの自分の姿勢を思い出してみてください。誰に教わらなくても、背中を丸めて前かがみになるはずです。これは体を守るための自然な反応で、それ自体は悪いことではありません。問題は、その姿勢が数日、数週間と続いたときです。

少し丸まった姿勢を保つには、体の後ろ側で支え続ける必要があります。前に倒れそうな上半身を、腰の筋肉が引っぱって支える。この状態が続けば、腰の筋肉は休むタイミングを失います。使いすぎた筋肉は硬くなり、血のめぐりが悪くなり、重だるさや痛みとして感じられるようになります。つまりこのとき、腰の筋肉は「犯人」ではなく「被害者」です。犯人はおなかの側にいて、腰はその尻ぬぐいをさせられている。腰だけを揉んで軽くなっても翌朝には戻ってしまう、という体験には、こうした背景が隠れていることがあります。

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「揉んでも戻る」が起きるときによくある流れ
臨床で用いている見方 きっかけ食べすぎ/夜おそい食事冷たい飲みもの便秘強い緊張・浅い呼吸からだの反応おなかをかばう少し丸まった姿勢が続く腰で起きること姿勢を保つために腰の筋肉が働き続ける→ 硬く、重くなるその結果揉むと一時的に軽いでも翌朝には戻る 腰の筋肉は「犯人」ではなく「被害者」になっていることがあります だから、腰をゆるめると同時に「きっかけ」の側にも手を入れます。 夕食を軽くする・温かい飲みものにする・よく噛む・寝る前に1分だけ呼吸を整える。今日からできるのはこの4つです。

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食べすぎ・冷え・便秘・強い緊張などが続くと、私たちは無意識におなかをかばう姿勢をとります。丸まった姿勢が続くと、腰を支える側の筋肉は姿勢を保つために働き続けることになります。腰の筋肉は結果として硬くなっているだけで、きっかけは別のところにある――この場合、腰だけを揉んでも翌朝には戻ってしまいます。なお、この流れは臨床で私たちが用いている見方であり、すべての腰痛に当てはまることが証明されたものではありません。

ここは「わかっていること」と「考え方」を分けてお伝えします

腰痛の原因に内臓由来のものが含まれることは、診療ガイドラインに明記されている事実です。一方、「食べすぎや便秘といった日常のおなかの状態が、膜のつながりを通じて腰の重さに関係する」という説明は、臨床の現場で私たちが用いている見方であり、すべての腰痛に当てはまることが証明された話ではありません。この記事では、両者を区別してお読みいただけるように書いています。

「膜」という言い方をするのは、境目がないからです

筋肉はふつう、名前ごとに独立した部品のように図解されます。けれども実際の体を開いてみると、ひとつひとつの筋肉は薄い膜に包まれ、その膜は隣の筋肉の膜へ、さらにその隣へと、途切れずに続いています。内臓を包んでいる膜も、たどっていけば背骨の前を通る筋肉の膜とつながっています。私たちが「膜」という言葉を使うのは、部品どうしの境目が実はそれほどはっきりしていない、という事実を表すためです。ホースを一か所つまむと、離れた場所の水の流れが変わるように、体の一部の張りが、離れた場所の張り具合に影響することがある。この考え方は、「腰が痛いのに、腰以外を触ってもらったら軽くなった」という経験の説明として使われます。ただし、どの部位のどの張りが、どこにどれだけ影響するのかを数値で示せる段階には至っていません。だからこの記事では、これを「確かめられた法則」ではなく「臨床で使われている見取り図」としてご紹介しています。

3日間だけ、腰の重さを記録してみてください

自分の腰痛がどこから来ているのかを知る、いちばん手軽な方法は記録です。難しいものは要りません。手帳やスマートフォンのメモに、朝起きたとき・昼過ぎ・寝る前の3回、腰の重さを10点満点で書くだけです。あわせて、前の晩に食べた時間、お通じの有無、その日よく座っていた時間を一言添えます。3日も続けると、たいていの方が何らかの傾向に気づきます。朝がいちばん重い方、夕方に向かって重くなる方、食べすぎた翌朝だけ跳ね上がる方。パターンによって、手をつけるべき場所は変わります。朝が重いなら夜の食事と寝る姿勢、夕方に向かって重くなるなら日中の座り方、食事との連動が強いなら食べ方。「なんとなく腰が痛い」という漠然とした状態を、対処できる形に分解するのが、この記録の目的です。

今日の台所からできる、3つの小さな工夫

第一に、夜おそい時間の食事の量を、少しだけ減らしてみてください。就寝の直前に胃腸へ大きな仕事を頼むと、体は休む姿勢に入りにくくなります。おなかの中身が張った状態のまま横になると、寝返りの回数が減り、朝までほとんど同じ姿勢でいることになります。朝起きたときがいちばん腰が重い、という方は、まずここを疑ってみる価値があります。やり方は簡単で、量を変えずに時間だけを早めるか、時間を変えずに量だけを軽くするか、どちらか片方で構いません。両方いっぺんにやろうとすると続かないので、続けられるほうを選んでください。

第二に、最初の一杯を温かい飲み物にしてみてください。朝いちばんに冷たいものを流し込む習慣がある方は、白湯やお茶に替えるだけで、おなかがこわばりにくくなったと感じることがあります。とくに夏場、冷房の効いた部屋で冷たい飲み物を続けていると、自分では冷えている自覚がないまま、おなかだけが冷えていることがあります。手足の冷えは気づきやすいのに、おなかの冷えは気づきにくい。ここが盲点です。おへその上に手のひらを当てて、他の場所より冷たく感じるなら、飲み物の温度を見直す合図だと考えてみてください。

第三に、よく噛むことです。噛む回数を増やすと、同じ食事量でも胃腸の負担が変わります。「30回噛みましょう」とよく言われますが、数を数えるのは続きません。おすすめは、ひと口ごとに箸をいったん置くことです。箸を置けば、噛み終わる前に次のひと口を入れられなくなり、自然と回数が増えます。どれも地味で、劇的な変化を約束するものではありません。ただ、腰を揉むことができない日でも、自分の手でできるという点に意味があります。

1日1分、おなかをゆるめる呼吸

あお向けに寝て、両ひざを立てます。片方の手を胸に、もう片方の手をおへその上に置きます。鼻から4秒かけて息を吸い、おへその上の手が持ち上がるのを確かめます。胸の手はできるだけ動かないように意識してください。次に、口から6〜8秒かけて、細く長く吐きます。吐ききったところで力を抜き、これを5〜6回くり返します。強く押したり、痛みを我慢して伸ばしたりする必要はまったくありません。息を吐くときに、みぞおちの奥がすっと沈んでいく感じがあれば十分です。

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1日1分、おなかをゆるめる呼吸のやり方
セルフケア 1あお向けでひざを立てる片手を胸、片手をおへその上に2鼻から4秒吸うおへその手だけが持ち上がる3口から6〜8秒で吐く細く長く。5〜6回くり返す 胸ではなく、おへその上の手が動けば成功です 赤い点=胸に置いた手(動かないように) / 緑の点=おへその上の手(吸うと上がる) 痛みが出る場合・気分が悪くなる場合はすぐに中止してください。 妊娠中の方、おなかの手術を受けて間もない方は、主治医に確認してから行ってください。

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あお向けでひざを立て、胸ではなくおへその上の手が動くように呼吸します。鼻から4秒吸って、口から6〜8秒かけて細く長く吐く。これを5〜6回。強く押したり、痛みを我慢して伸ばしたりする必要はありません。痛みや気分の悪さが出たらすぐに中止してください。妊娠中の方、おなかの手術を受けて間もない方は、主治医に確認してから行ってください。

うまくいかないときは、胸の手ばかりが動いているはずです。その場合は、吸うことより吐くことに意識を向けてみてください。しっかり吐ききると、次の息は自然と深く入ってきます。それでも胸だけが動くときは、息を止めずに、ただ「吐く時間を吸う時間より長くする」ことだけを守れば構いません。1分で終わる習慣なので、歯磨きのあと、布団に入ってから、といった具合に、すでにある習慣にくっつけると続きます。痛みが出る場合、気分が悪くなる場合はすぐに中止してください。妊娠中の方、おなかの手術を受けて間もない方は、主治医に確認してから行ってください。

座り方とお通じも、同じ話の一部です

デスクワークの方は、座っている時間そのものよりも、「同じ姿勢が続くこと」に注意を向けてください。理想の座り方を一日中キープするより、30分から1時間に一度、立ち上がって20秒ほど背筋を伸ばすほうが、体にとってはずっと現実的です。立ち上がるのが難しければ、座ったまま両手を頭の上で組み、天井に向かって伸びをするだけでも構いません。おなかの前側が伸びる感覚があれば、それで十分です。また、便秘が続いているときは、腰の重さもセットで強くなることがよくあります。水分をとる、朝に温かいものを飲む、決まった時間にトイレに行く。こうした基本的なことが、結果的に腰の状態にも関わってきます。

揉む以外にできること ―― 歩くこと、寝る姿勢

おなかの側に手を入れるという話をしてきましたが、いちばん手軽で、いちばん軽んじられているのが「歩くこと」です。歩くと、腕と脚が交互に振られ、背骨が左右にわずかにねじれます。このねじれの動きは、座ったままでは決して出てきません。距離や速さを競う必要はなく、信号を待つあいだに背筋を伸ばす程度の意識で、いつもより2駅ぶん多く歩いてみる、というくらいで十分です。歩いていると腰が楽になるのに、座ると重くなるという方は、体が「動かしてほしい」と言っている状態だと考えてみてください。逆に、歩くと痛みが強くなる、少し歩くと足がしびれて休まなければならない、という場合は別の問題が隠れていることがあるので、受診の対象になります。

寝る姿勢についても、ひとつだけ。正解の寝方を探すより、「朝起きたときに楽かどうか」を基準にしてください。あお向けで腰が反って苦しい方は、ひざの下に薄い枕やたたんだバスタオルを入れると、腰の反りがゆるんで楽になることがあります。横向きで寝る方は、ひざのあいだにクッションをはさむと、骨盤がねじれにくくなります。どちらも数百円でできる工夫です。寝具そのものを買い替えるのは、こうした調整を試したあとで十分に間に合います。高価なマットレスを買ってから合わないことに気づく、というのはよくある回り道です。

痛みが長引くときは、痛み以外のことも起きています

痛みが3か月を超えて続くと、「また痛くなるのではないか」という不安から、体を動かすこと自体を避けるようになることがあります。動かさなければ筋肉は弱り、血のめぐりも悪くなり、結果として痛みが長引きやすくなる。この悪循環は、腰痛の分野ではよく知られています。ガイドラインでも、腰痛の原因分類のひとつとして心因性が挙げられており、痛みが慢性化する過程で考え方の要素が関わることが議論されています。これは「気のせい」という意味ではまったくありません。痛みは実際に感じられているものであり、そのうえで、恐れによる動きの回避が回復を遅らせることがある、という話です。だからこそ、痛みが長く続いている方ほど、「安静にする」よりも「できる範囲で動きを保つ」ほうへ、少しずつ舵を切っていく価値があります。

治療院や病院にかかるとき、伝えるとよいこと

受診や施術のときに、痛みの説明がうまくできず「なんとなく腰が痛くて」で終わってしまうことがあります。次の5つを事前にメモしておくと、話が早く進みます。①いつから痛いか(何日前・何か月前から)。②きっかけに心当たりがあるか(重い物を持った、転んだ、思い当たらない)。③どんなときに強くなり、どんなときに楽になるか(動いたとき/じっとしているとき/朝/夕方)。④痛み以外の変化はあるか(発熱、体重の減少、しびれ、排尿の変化)。⑤いま飲んでいる薬と、これまでにかかった大きな病気。とくに④と⑤は、危険信号を見分けるうえで欠かせない情報です。先ほど紹介した3日間の記録があれば、そのまま持って行くだけで済みます。

女性の場合、年齢が上の方の場合

ガイドラインが内臓由来の腰痛の例として子宮内膜症などの婦人科系の病気や妊娠を挙げているとおり、女性の腰痛では月経周期との関係が問題になることがあります。毎月決まった時期に強くなる、月経量の変化や下腹部の痛みをともなう、といった特徴があるときは、腰の施術を重ねるより先に婦人科で相談したほうが早道です。妊娠中の腰痛については、体の重心が前に移ることや、じん帯がゆるむことなど複数の要因が重なるため、自己流のストレッチや強い刺激は避け、必ず主治医や助産師の指導のもとで行ってください。

年齢が上の方の腰痛では、別の注意が必要です。後で紹介する危険信号の1番目には「発症年齢が20歳未満または55歳より上」が含まれています。これは、その年齢の腰痛がすべて危険という意味ではなく、その年齢層では骨折や腫瘍といった重い原因の割合が相対的に高くなるため、より慎重に確かめるべきだという意味です。特に、しりもちや軽い転倒のあとに腰の痛みが始まった高齢のご家族がいる場合は、「年のせい」で片づけず、まず整形外科を受診してください。骨がもろくなっていると、本人が大した衝撃だと思っていない出来事でも背骨が潰れてしまうことがあります。

この腰痛は、揉む前に医療機関へ ―― 受診の目安

ここがこの記事でいちばんお伝えしたい部分です。『腰痛診療ガイドライン2019(改訂第2版)』では、腫瘍・感染・骨折といった重篤な脊椎の病気が隠れていないかを見分けるための「危険信号(レッドフラッグ)」として、次の9項目を挙げています。①発症年齢が20歳未満または55歳より上、②時間や活動性に関係のない腰痛、③胸部痛、④癌・ステロイド治療・HIV感染の既往、⑤栄養不良、⑥体重減少、⑦広範囲に及ぶ神経症状、⑧構築性脊柱変形、⑨発熱。ガイドラインは、これらが複数当てはまる場合には特に注意を払うべきだとしています。

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この腰痛は、揉む前に医療機関へ ── 受診の目安
受診の目安 ガイドラインが挙げる9つの危険信号(red flags) 発症年齢が20歳未満、または55歳より上時間や活動性に関係のない腰痛胸部痛癌・ステロイド治療・HIV感染の既往栄養不良体重減少広範囲に及ぶ神経症状構築性脊柱変形発熱 日常のことばで言い換えるとじっとしていても痛い/夜中に痛みで目が覚める発熱をともなう思い当たらないのに体重が減っている背中や胸にも痛みが広がる足に力が入らない・両足がしびれる尿が出にくい、漏れる冷や汗をともなう強い痛みが突然始まった ひとつでも当てはまるときは、施術より先に医療機関を受診してください。 とくに、突然の激しい腰背部痛に冷や汗や気が遠くなる感じをともなう場合は、急いで受診を。 出典:日本整形外科学会・日本腰痛学会 監修『腰痛診療ガイドライン2019(改訂第2版)』表1「重篤な脊椎疾患の合併を疑うべき red flags」 ※右側は一般の方が気づきやすい形に言い換えたもので、ガイドラインの原文そのままではありません。

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『腰痛診療ガイドライン2019(改訂第2版)』が挙げる9つの危険信号(red flags)と、日常で気づきやすい形に言い換えた受診サインです。ガイドラインは、これらが複数当てはまる場合には特に注意を払うべきだとしています。当てはまるものがあるときは、マッサージや整体を受ける前に医療機関を受診してください。

次のような腰痛は、施術より先に受診してください

・じっと横になっていても痛みが引かない、夜中に痛みで目が覚める。・発熱をともなう。・思い当たる理由がないのに体重が減っている。・背中や胸にも痛みが広がる。・足に力が入らない、両足がしびれる、尿が出にくい・漏れるといった変化がある。・がんの治療歴がある、ステロイドを長く使っている。・冷や汗をともなう強い痛みが突然始まった。以上に当てはまるときは、マッサージや整体を受ける前に、整形外科をはじめとする医療機関を受診してください。特に、突然の激しい腰背部痛に冷や汗や気が遠くなる感じをともなう場合は、血管の病気が隠れていることがあり、急いで受診すべき状態です。

「大げさではないか」と感じる方もいるかもしれません。けれども、これらのサインが意味するのは「腰以外の場所で起きている何かが、腰の痛みとして現れている可能性」です。手技でゆるめて経過を見ている間に、本来必要な検査が遅れてしまうことがいちばん避けたい事態です。当てはまるものがなければ、生活の工夫を続けながら様子を見る。当てはまるものがあれば、まず受診する。この順番さえ守っていただければ、この記事の目的の大半は果たされます。

もうひとつ、意外に効くのが「呼吸が浅くなる時間を減らす」ことです。締めつけの強いベルトやきつい下着を一日中つけている、パソコンに向かうと無意識に息を止めている、といった状態が続くと、横隔膜が十分に動けません。横隔膜が動かなければ、そのすぐ下にある内臓も、背骨の前を通る筋肉も、動かされる機会を失います。ベルトの穴をひとつゆるめる、1時間に一度だけ大きく息を吐く。それだけのことでも、続ければ体は変わります。特別な道具も時間も要らないという点で、これは誰にでも開かれた選択肢です。

やらないほうがよいこと

最後に、よかれと思って逆効果になりやすいことを挙げておきます。第一に、痛い場所を強く押し続けること。指が食い込むほどの刺激は、その場の感覚は変わっても、後で反動のように張りが強くなることがあります。「痛気持ちいい」を超えたら、それはやりすぎです。第二に、痛みを我慢して大きく反らす・ひねるストレッチ。可動域を広げようとして勢いをつけると、守ろうとしている組織を無理に引き伸ばすことになります。第三に、原因が分からないまま長期間、施術だけを続けること。3か月ほど通っても変化の方向すら見えないなら、いったん医療機関で検査を受けて、前提を確認し直すほうが結果的に近道です。第四に、痛みが強い時期に長時間の入浴やサウナで温めすぎること。心地よい範囲を超えると、かえってだるさが残ることがあります。

まずは1週間、この4つだけ

情報が多くなったので、最後に絞ります。1週間だけ試していただきたいのは次の4つです。①朝起きたとき・昼過ぎ・寝る前の腰の重さを10点満点でメモする。②夕食の量を少し軽くするか、時間を少し早める(どちらか片方でよい)。③朝の一杯を温かい飲みものにする。④布団に入ってから、あお向けでひざを立てて1分の呼吸。これだけです。1週間後に最初の日のメモと見比べて、朝の数字が1点でも下がっていれば、その方向は合っています。変化がなければ、それも大事な情報です。次は座り方や歩く量など、別の入口を試してみてください。そして、この記事の受診の目安に当てはまる項目が1つでもあるなら、以上のすべてより先に、医療機関を受診してください。

よくいただく質問

「マッサージは意味がないのですか」――そんなことはありません。硬くなった筋肉をゆるめることで、その場の痛みが和らぎ、動きやすくなることは確かにあります。この記事がお伝えしたいのは、マッサージが無意味だということではなく、それだけでは戻ってしまう場合に、別の入口も試してみる価値がある、ということです。「温めるのと冷やすの、どちらがいいですか」――強い炎症をともなう急な痛みでなければ、一般には温めて心地よく感じるほうを選んで構いません。ただし、温めて痛みが強くなるようなら中止してください。「運動はしたほうがいいですか」――痛みの強い時期を除けば、安静にし続けるより、無理のない範囲で日常の動きを続けたほうがよいとされています。ただし、何をどれくらい行うかは状態によって変わるので、痛みが強い場合や長く続く場合は、自己判断せずに一度受診してください。「レントゲンで異常なしと言われたのに痛いのはなぜですか」――画像に写るのは主に骨の形です。筋肉や膜の張り、痛みの感じ方そのものは画像には写りません。異常なしという結果は「重い病気は見つからなかった」という重要な情報であって、「痛みが存在しない」という意味ではありません。むしろ、そこから生活側の工夫を試す段階に入れる、と受け取ってください。「コルセットは使ったほうがいいですか」――痛みの強い時期に一時的に使うぶんには支えになりますが、長く着け続けると自分で支える力が働きにくくなることがあります。使うなら期間を決め、痛みが落ち着いたら少しずつ外す時間を増やしていくのが基本です。判断に迷うときは、処方や指導を受けた医療機関に確認してください。

まとめ ―― 「どこを揉むか」より前に、「どこから来ているか」

腰痛は、日本でいちばん多く訴えられている症状であり、その原因はひとつではありません。診療ガイドラインが原因を6つに分けているとおり、腰の骨や筋肉から来るものもあれば、内臓や血管から来るものもあります。だからこそ、まずは危険信号に当てはまらないかを確かめること。そのうえで、腰そのものだけでなく、おなかの側の状態――食べ方、冷え、お通じ、呼吸の深さ――に目を向けてみること。この順番が、「揉んでも戻る」の繰り返しから抜け出す入口になります。今日できることは、夕食を少し軽くすることと、寝る前の1分の呼吸だけで構いません。小さくても、自分の手で続けられることに意味があります。1週間続けてみて、朝起きたときの腰の重さが少しでも変わるなら、その方向は間違っていません。

この記事についてのお願い

本記事は健康に関する一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の診断・治療に代わるものではありません。効果には個人差があり、特定の症状が治ることを保証するものではありません。気になる症状がある場合、また記事の内容を試して痛みや不調が強くなった場合は、自己判断で続けず、医療機関にご相談ください。

出典・参考情報

  1. [1] 厚生労働省「2022(令和4)年 国民生活基礎調査の概況」(有訴者率の上位症状は男女とも「腰痛」「肩こり」の順)
  2. [2] 日本整形外科学会・日本腰痛学会 監修『腰痛診療ガイドライン2019(改訂第2版)』(Minds ガイドラインライブラリ掲載版:腰痛の定義・原因別分類・red flags)
  3. [3] 日本整形外科学会「腰痛(症状・病気をしらべる)」
本記事は健康・医療に関する情報提供を目的としています。個別の診断・治療に代わるものではありません。効果には個人差があり、「治る」等の断定的表現は用いていません。気になる症状は医療機関にご相談ください。