治療家の副業・複業、何に気をつけるべきか——労働時間の通算、就業規則、無資格施術リスクを整理する
勤務先を持つ理学療法士・柔道整復師・鍼灸師・整体師がセミナー講師や施術の副業を行う際に確認すべき法的ポイントを、厚生労働省のガイドラインと国税庁の公式情報にもとづいて整理する。特に「労働時間は本業・副業で通算される」こと、「就業規則の確認と会社への届出・許可」が前提であること、そして「無資格でのマッサージ類似行為には刑事罰のリスクがある」ことの3点は、収入面のメリットだけを見て見落としがちな注意点である。
著者:藤井翔悟 / 最終更新 2026-07-29
働き方改革の流れの中で、副業・兼業を認める企業は年々増えている。治療の現場でも、勤務先の病院・整骨院・接骨院に籍を置きながら、休日にセミナー講師を務めたり、他院で施術を行ったり、オンラインでのコンサルティングを行ったりする理学療法士・柔道整復師・鍼灸師・あん摩マッサージ指圧師・整体師は珍しくなくなった。厚生労働省も「副業・兼業の促進に関するガイドライン」を整備し、原則として副業・兼業を認める方向性を打ち出している。しかし、副業には収入面のメリットだけでなく、労働時間管理・社会保険・税務・資格法上のリスクといった、見落とされがちな実務上の注意点がいくつも存在する。本稿では、厚生労働省・国税庁など公的機関が公表している一次情報にもとづき、勤務先を持つ治療家が副業を行う際に確認すべきポイントを整理する。
厚生労働省ガイドラインの基本方針——原則、副業・兼業を認める方向へ
厚生労働省は「副業・兼業の促進に関するガイドライン」(令和4年7月8日改定版)において、労働者が安心して副業・兼業を行える環境を整備する方針を示している。あわせて改定された「モデル就業規則」でも、従来あった「許可なく他の会社等の業務に従事しないこと」という一律の禁止規定を削除し、副業・兼業を原則認める内容(モデル就業規則第68条・第70条)に書き換えられている。モデル就業規則が示す例外的な制限事由は、(1)労務提供上の支障がある場合、(2)企業秘密が漏洩する場合、(3)会社の名誉や信用を損なう行為や信頼関係を破壊する行為がある場合、(4)競業により、企業の利益を害する場合、の4点に限定されている。ただし、モデル就業規則はあくまで厚生労働省が示す「ひな形」であり、各医療機関・接骨院・整骨院が実際に採用している就業規則の内容とは限らない。特に病院・大規模施設では従来型の許可制(会社の許可を得なければ副業してはならない)を維持しているケースが多く、まずは自院の就業規則の該当条文を確認することが出発点になる。
労働時間は本業・副業で通算される——見落としやすい労働基準法38条
副業を検討する治療家が最も見落としやすいのが、労働時間の通算ルールである。労働基準法第38条は「労働時間は、事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用については通算する」と定めており、この「事業場を異にする場合」には事業主(会社)が異なる場合、つまり本業と副業が別会社であるケースも含まれる。具体的な通算の手順は、まず(1)先に労働契約を締結した事業場の所定労働時間から順に通算し、次に(2)実際に時間外労働(所定外労働)が発生した順序で通算する、という2段階で行う。この通算の結果、1日8時間・週40時間の法定労働時間を超えた部分は法定時間外労働として扱われ、時間外労働の上限規制(原則として単月100時間未満、複数月平均80時間以内など)の対象にもなる。つまり、本業が正社員としてフルタイム勤務している状態で、副業先でも一定時間以上働くと、法律上は両方の労働時間が合算され、割増賃金の支払い義務や上限規制の順守が問題になり得る。手続きの負担を軽減するため、ガイドラインでは本業・副業双方の使用者があらかじめ労働時間の上限を設定し、それぞれが自社分の割増賃金を支払う「管理モデル」という簡便な運用方法も示されている。
労働時間の通算は「雇用契約どうし」の場合の話
労働時間の通算ルールが適用されるのは、副業先も雇用契約(労働者として雇われる場合)であるケースが基本である。業務委託・フリーランスとしてセミナー講師を請け負う、個人事業主として施術所を開業するといった「雇用によらない働き方」の場合は、労働基準法上の労働時間規制そのものが及ばない。ただし、その場合は労働者としての保護(残業代・労災など)も及ばなくなる点、および後述する税務上の扱いが変わる点に注意が必要である。
健康管理は「自己申告」が前提になる
使用者には労働安全衛生法にもとづき、健康診断や長時間労働者に対する面接指導、ストレスチェックとその事後措置を実施する義務がある。しかし、本業の会社は副業先での労働時間や業務内容を自動的には把握できないため、ガイドラインでは労働者本人が副業の状況を自己申告し、それにもとづいて必要な健康確保措置を講じることが想定されている。深夜のセミナー講師業務や、休日に他院で終日施術を行うような働き方を続けると、本人の自覚以上に総労働時間・疲労が蓄積しやすい。厚生労働省はマルチジョブホルダー向けに、本業・副業の労働時間と健康状態を労働者自身が一元管理できるツールも公開しており、副業を行う治療家自身が労働時間と体調を記録・管理する姿勢が求められる。
就業規則の確認と届出・許可が大前提
副業を始める前に、必ず自院の就業規則を確認する
厚生労働省のモデル就業規則は「届出制」への移行を示しているが、これは法的な義務ではなく、あくまで参考ひな形にすぎない。実際には多くの病院・診療所・接骨院・整骨院の就業規則が、今も副業・兼業を「許可制」(事前に会社の許可を得なければ行ってはならない)としている。許可なく副業を始めた場合、懲戒処分の対象となるリスクがある。特に公的医療機関や大規模病院では副業を原則禁止、または厳格な許可制としている実態が指摘されている。副業を始める前に、必ず自院の就業規則における副業・兼業に関する条文を確認し、必要であれば所属長・人事担当に相談・申請することが最優先の実務対応になる。
公立病院勤務など「公務員」の治療家は原則禁止——地方公務員法第38条
公立病院や地方独立行政法人が運営する医療機関に地方公務員として勤務している理学療法士・作業療法士・柔道整復師などは、民間病院勤務者とは適用される規律が異なる点に注意が必要である。地方公務員法第38条(営利企業への従事等の制限)は、一般職の地方公務員について、(1)営利を目的とする会社その他の団体の役員等を兼ねること、(2)自ら営利企業を営むこと、(3)報酬を得て事業・事務に従事すること、を任命権者の許可なく行うことを禁止している。つまり、報酬を得て行うセミナー講師や施術の副業は、この「報酬を得て事業又は事務に従事すること」に該当し、任命権者(多くの場合、病院を設置する自治体の長や、その委任を受けた病院長など)の許可を得なければ行うことができない。総務省は2025年6月、地方公務員の兼業について自治体ごとに許可基準を明確化するよう通知を出し、公務能率の確保・職務の公正の確保・職員および職務の品位の保持という3つの基本原則を満たす限り、任命権者の判断で兼業を許可し得ることを改めて示している。これは運用の明確化・柔軟化を促すものであって、公務員の副業を無許可で自由化するものではない。公立病院・地方独立行政法人勤務の治療家は「民間病院と同じ感覚」で副業を始めず、必ず任命権者の許可手続きを経る必要がある。
最大の法的リスク——無資格での「施術」提供はあマ指法・柔道整復師法違反になり得る
「治療家だから施術していい」とは限らない
あん摩マッサージ指圧、はり、きゅうおよび柔道整復を業として行うには、それぞれあん摩マッサージ指圧師・はり師・きゅう師(あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師等に関する法律)、柔道整復師(柔道整復師法)の国家資格が必要であり、無資格者がこれらの行為を業として行うことは違法であり、罰則の対象となる。理学療法士は「理学療法士及び作業療法士法」にもとづく別の国家資格であり、その業務(理学療法)は医師の指示のもとで行うことが前提とされている。副業として、医師の指示によらずに単独で有償の「施術」「整体」「もみほぐし」等を提供する場合、その内容が実質的にあん摩・マッサージ・指圧や柔道整復に該当する行為であれば、理学療法士の資格だけでは業務の範囲外となり、無資格営業のリスクが生じ得る。柔道整復師についても同様に、柔道整復の業務範囲(急性・亜急性の外傷に対する施術等)を超えて、慢性的な症状に対する有償の手技を「整体」等の名目で広く提供する場合には、法的な位置づけが問題になり得るとの指摘がある。副業でセミナー講師や執筆、コンサルティングにとどまらず、実際に対価を得て身体に施術を行う場合には、自分の保有資格の業務範囲を超えていないか、事前に確認する必要がある。
労災保険の給付も本業・副業の賃金を合算して計算される
身体を使う施術業では、副業先での怪我や、通勤中の事故が労災(労働災害)に該当するケースも想定しておく必要がある。2020年9月1日に施行された改正労働者災害補償保険法により、複数の事業場で働く「複数事業労働者」については、労災保険給付の算定基礎となる賃金額を、すべての勤務先の賃金を合算した額で計算する仕組みに改められた。改正前は、実際に災害が発生した勤務先の賃金のみを基礎に給付額が決まっていたため、例えば本業と副業を掛け持ちしている治療家が副業先で負傷した場合、副業先の(相対的に少ない)賃金だけをもとに給付額が算定され、生活の維持が難しくなるという課題があった。改正後は、本業・副業双方の賃金を合算した額をベースに給付額が決まるほか、いずれか一方の職場だけでは労働災害の認定基準に達しない場合でも、複数の職場での業務上の負荷を総合的に評価して労災認定の可否を判断する仕組みも導入されている。副業を行う治療家自身が、本業・副業それぞれの就労状況(労働時間・業務内容)を正確に記録しておくことは、万一の労災請求の場面でも重要になる。
副業収入の確定申告——所得区分と20万円ルール
副業で得た収入は、その性質によって所得区分が異なり、確定申告の要否・方法も変わる。国税庁のタックスアンサーNo.1900によれば、給与を1か所から受けている給与所得者(勤務先で年末調整を受けている人)が、給与・退職所得以外の所得(副業による所得など)の合計額が年間20万円を超える場合は、確定申告が必要になる。副業先からも雇用契約で給与を受け取っている場合(例えば他院でのパート勤務)はその分も給与所得となり、本業の給与と合算して年末調整・確定申告の対象になる。一方、セミナー講師料や執筆料、業務委託によるコンサルティング報酬などは、継続的な副業に係る所得として「雑所得」に区分されるのが基本であるが、国税庁のタックスアンサーNo.1500では、雑所得は利子・配当・不動産・事業・給与・退職・山林・譲渡・一時の各所得のいずれにも該当しない所得と定義されている。副業の規模が大きくなり、帳簿の記帳・保存を行っている場合などは「事業所得」として区分されることもある。国税庁が令和4年に改正した所得税基本通達では、収入金額が300万円を超えない場合は、社会通念上事業と認められる規模等の実態を踏まえて判断し、帳簿書類の保存がない場合は原則として事業所得ではなく(業務に係る)雑所得として取り扱う考え方が示されている。事業所得か雑所得かによって、青色申告特別控除(事業所得のみ利用可能)の適用可否など税務上の扱いが大きく変わるため、副業の規模が拡大してきた場合は所得区分について税理士等の専門家に確認することが望ましい。なお、確定申告の要否とは別に、副業による所得は住民税の申告・課税対象にもなる点にも留意したい。
まとめ——始める前に確認すべき5つのポイント
副業・複業を検討する治療家がまず確認すべき点を整理すると、次のようになる。第一に、自院の就業規則における副業・兼業条項を確認し、許可制であれば必ず事前に届出・許可申請を行うこと。第二に、副業先も雇用契約である場合は労働基準法第38条により労働時間が本業と通算され、時間外労働の上限規制や割増賃金の問題が生じ得ることを理解すること。第三に、公立病院・地方独立行政法人等に勤務する場合は地方公務員法第38条にもとづき任命権者の許可が必要であり、民間病院とは規律が異なること。第四に、対価を得て身体への施術を行う副業を行う場合、自分の保有資格の業務範囲を超えて、あん摩マッサージ指圧師法・柔道整復師法が定める無資格行為に該当しないかを確認すること。第五に、副業収入が年間20万円を超える場合は確定申告が必要であり、所得区分(給与所得・雑所得・事業所得)によって税務上の扱いが異なることを踏まえて記帳・申告の準備をすること。副業・複業は治療家のキャリアの選択肢を広げる一方で、労務・税務・資格法という複数の法制度が同時に関わる。個別の事情については、必要に応じて社会保険労務士・税理士・弁護士等の専門家に相談したうえで進めることが望ましい。