理学療法士・柔道整復師の年収を統計で読む――令和7年データに見るキャリアと開業のリアル
厚生労働省「賃金構造基本統計調査」(令和7年)と「衛生行政報告例」の最新値から、勤務PT・柔整師の年収水準と有資格者数の推移を確認する。あわせて東京商工リサーチのマッサージ業倒産統計から、開業後の経営環境の厳しさも数字で押さえ、独立開業を考える際の材料を整理する。
著者:藤井翔悟 / 最終更新 2026-07-29
「開業すれば稼げる」の前に、公的統計を見ておく
理学療法士(PT)や柔道整復師(柔整師)のキャリアを考えるとき、「勤務は年収が頭打ち」「独立すれば年収が跳ね上がる」という話は現場でよく耳にする。しかし、この手の話は個々の成功体験に基づくものが多く、業界全体の実態を反映しているとは限らない。本稿では、厚生労働省が毎年実施している「賃金構造基本統計調査」と、隔年で実施される「衛生行政報告例」、さらに東京商工リサーチの倒産統計という3つの公的・信頼性の高いデータソースから、実際に確認できる数字だけを拾い、キャリア設計の土台となる情報を整理する。断っておくと、これらの統計はいずれも「勤務者」「届出施術所」といった集計単位の制約があり、自費開業のみで活動する治療家の収益実態までは捉えきれない。数字の限界も含めて紹介したい。
勤務PT・OT・STの年収は令和7年で443.6万円、前年から頭打ちに
厚生労働省「令和7年賃金構造基本統計調査」(企業規模10人以上)によると、「理学療法士,作業療法士,言語聴覚士,視能訓練士」を合算した職種区分の推定年収(きまって支給する現金給与額×12+年間賞与その他特別給与額)は443万6,000円だった。内訳は所定内給与が月額29万8,200円、年間賞与その他特別給与額が71万7,200円。対象労働者数は27万9,650人、平均年齢36.2歳、平均勤続年数8.4年となっている。男女別では男性466万8,000円(労働者数14万9,070人)、女性417万3,000円(同13万570人)で、男女差は約49万5,000円。差の大部分は月々の所定内給与差(月額3.24万円×12=約38.9万円)が占めており、賞与差(約10.6万円)よりも影響が大きい。
注目すべきは前年からの変化だ。令和6年調査の同区分推定年収は444万1,500円であり、令和7年は444万→443.6万円へとほぼ横ばい、統計を遡れる令和2年以降で初めて前年を下回った。リハビリ職の需要自体は診療報酬・介護報酬の改定に左右されやすく、単年の増減だけで「頭打ちになった」と断定するのは早計だが、少なくとも「毎年右肩上がりで年収が伸びる職種」ではなくなりつつある、という見方はできる。
この統計の読み方の注意点
賃金構造基本統計調査は「企業規模10人以上の事業所に雇用される労働者」が対象であり、個人事業主として自費施術のみを行う治療家や、10人未満の小規模な整骨院・治療院に単独・少人数で勤務するケースは反映されにくい。また、この職種区分は理学療法士・作業療法士・言語聴覚士・視能訓練士の4職種の合算であり、理学療法士単独の数値ではない点にも留意したい。
同じ令和6年調査を企業規模別に見ると、10~99人規模の中小病院・クリニック勤務では推定年収がより低く、1,000人以上の大規模法人(大学病院や大手医療法人グループなど)では485万4,300円まで上がる。つまり同じ「勤務PT」というくくりでも、勤務先の規模によって年収は数十万円単位で変わる。転職や勤務先選びの段階で、まず「規模による賃金差」を押さえておくと、独立を検討する前の選択肢としても現実的な比較がしやすくなる。
柔道整復師の給与は「単独区分」が存在しない
一方、柔道整復師については賃金構造基本統計調査に単独の職種区分がなく、あん摩マッサージ指圧師・はり師・きゅう師などとともに「その他の保健医療従事者」という括りで集計されている。令和7年調査(企業規模10人以上)における同区分の推定年収は454万1,500円、月給(所定内給与)31万8,600円、年間賞与71万8,300円。企業規模別に見ると、10~99人規模の月給が29万3,400円、1,000人以上規模で34万300円と、勤務先の組織規模による差も見られる。ただし前述の通りこの数字は柔整師だけの値ではなく、複数の国家資格職種が混在した集計であることを踏まえて参考程度に見る必要がある。柔整師単独の賃金水準を知りたい場合、公的統計では代替できず、求人サイトの募集条件集計など民間データに頼らざるを得ないのが現状だ。
有資格者は増え続けている――供給側の動きを数字で見る
年収水準と同じくらい重要なのが、供給側(有資格者数)の推移である。公益社団法人日本理学療法士協会の統計情報によれば、2026年3月末時点の会員数は14万4,943人。理学療法士国家試験は令和8年度(2026年2月実施分)で受験者1万2,436人・合格者1万1,156人・合格率89.7%となり、合格者の累計は24万7,546人に達した。毎年1万1千~1万2千人規模で新規資格者が生まれ続けている計算になる。養成校数は2025年3月末時点で278校(4年制126校、専門学校140校ほか)、入学定員は1万4,989人であり、供給のパイプライン自体は依然として大きい。
同協会の会員分布を見ると、勤務先は病院が最も多く(急性期・回復期病棟等で合計5万人台後半)、次いで診療所が1万人台。訪問看護ステーションや介護老人保健施設、通所リハビリなど介護保険領域の従事者もそれぞれ数千人規模で存在する一方、教育・研究機関や自費のヘルスケア産業・一般企業に籍を置く会員は合計でも会員全体の1%に満たない水準にとどまる。つまり理学療法士は、資格の法的性格(医師の指示に基づく医療行為という位置づけ)もあって、資格者の大多数が病院・診療所・介護保険施設という『保険診療・保険給付の枠内』で働き続けている構造がうかがえる。
柔道整復師については、厚生労働省「衛生行政報告例」(隔年報)から、就業者数と施術所(接骨院・整骨院)数の推移が確認できる。就業柔道整復師数は2014年6万3,873人→2016年6万8,120人→2018年7万3,017人→2020年7万5,786人→2022年7万7,632人→2024年7万8,666人と、10年間で約1万4,800人(約23%)増加した。一方、施術所数は2014年4万5,572カ所→2016年4万8,024カ所→2018年5万77カ所→2020年5万364カ所→2022年5万916カ所→2024年5万924カ所と、こちらも10年で約5,350カ所増えている。ただし直近の2年(2022年→2024年)に限ると施術所数の増加はわずか8カ所にとどまり、増加ペースは明らかに鈍化した。柔道整復師の資格養成校で2018年度から実務経験要件(施術管理者研修の受講に必要な実務経験)が導入されたことなどが、新規開業の伸びを抑える一因として指摘されている。
「開業しても9割が廃業する」は検証できない
業界では「接骨院・整骨院の開業後の廃業率は9割」といった説がよく語られるが、これを直接裏づける公的統計は確認できなかった。衛生行政報告例からわかるのは施術所の『総数の推移』であり、個々の施術所の開業・廃業を追跡した生存率データではない。今回確認できた事実は、施術所総数がここ数年でほぼ横ばいに転じたということまでで、それ以上の「廃業率◯%」という断定は避けたい。
開業後の経営環境――倒産統計から見る厳しさ
独立開業を検討するなら、廃業率の俗説よりも、実際に公表されている倒産統計のほうが参考になる。東京商工リサーチによると、2025年1~6月の「マッサージ業」(接骨院・整骨院等を含む区分)の倒産件数は55件で、過去20年間で最多を記録し、前年同期比17.0%増となった。倒産理由は83.6%が売上不振で、規模別では負債1億円未満が大半、従業員10人未満が54件(98.1%)を占めるなど、小規模事業者の経営破綻が中心だった。地域別では近畿地方が前年19件から27件に急増し、大阪府が10件で最多。東京商工リサーチは、コロナ関連支援の終了・縮小、同業間の競争激化、コスト上昇が重なったことを背景として挙げている。
施術所数が10年で1万カ所以上増えた市場に、コロナ融資の返済や物価高が重なれば、小規模店舗の淘汰が進むのは自然な結果とも言える。「開業=安泰」ではなく、「開業者数が積み上がった市場で、体力のない店舗から退場が始まっている」という段階に近いと見るのが、現時点の数字からは妥当だろう。
勤務と自費開業――収益構造の違いをどう考えるか
勤務PT・柔整師の年収(440万円台)と、自費(保険外)中心で開業した場合の収益との単純比較は、公的統計だけでは行えない。自費事業の売上・利益に関する全国統計は存在せず、ここで具体的な「開業後の平均年収」を数字で示すことは、実在しないデータを創作することになるため避ける。ただし、これまで見てきた公的統計から、開業を検討する上で押さえておくべき構造的な違いは整理できる。
第一に、勤務PT・OT・STの年収は診療報酬・介護報酬という『公定価格』に連動するため、個人の努力だけでは大きく変動しにくい。実際、令和7年の推定年収は前年からほぼ横ばいだった。第二に、柔道整復師は保険診療(療養費)と自費施術を組み合わせられる制度設計になっており、理論上は自費比率を高めることで収益構造を変えられる。ただし施術所数がすでに5万カ所規模まで積み上がり、直近の増加がほぼ止まっていることは、新規参入・差別化の難易度が上がっていることを示唆する。第三に、理学療法士は「医師の指示に基づく理学療法」を単独開業の形で提供することが法的にできず、独立する場合はパーソナルトレーニングや自費コンディショニングなど『医業に該当しない』事業形態を選ぶ必要がある。この法的な制約の違いは、両資格のキャリアパスの分岐点として理解しておく価値がある。
また、賃金構造基本統計調査の対象労働者の平均勤続年数が8.4年であることも見逃せない。これは裏を返せば、多くの勤務者がキャリア中盤に差し掛かる前後で「このまま勤務を続けるか、独立するか」を一度は検討している可能性を示す数字とも読める。統計だけからその後の意思決定の結果(独立して成功した/勤務に戻った、など)までは追えないが、年収の伸びが頭打ちに見え始める時期と、勤続年数の平均値が重なることは、キャリアの分岐点を考える上での一つの目安にはなるだろう。
有資格者の組織率にも両資格で違いが見える。理学療法士は免許登録者累計24万7,546人に対し、職能団体(日本理学療法士協会)会員が14万4,943人と、6割前後が加入している。柔道整復師の側は、就業者数が7万8,666人に達している一方で、業界団体の会員数は公表資料によって幅があり、正確な最新の全体会員率を一次資料だけで確定することは難しかった。ここでは無理に数字をそろえず、「柔整師は開業・勤務ともに個人の裁量で選べる自由度が高い分、業界としての統一的な集計・発信の基盤はPTほど整っていない」という構造の違いとして留めておく。
まとめ――数字から見えること、見えないこと
今回確認できた公的統計を整理すると、(1)勤務リハビリ職の年収は440万円台で頭打ち傾向にあり、令和2年以降で初めて前年を下回った、(2)有資格者・会員数は理学療法士・柔道整復師とも増加を続けており、供給過多の懸念は数字の上でも裏づけられる、(3)柔道整復師の施術所数は直近横ばいに転じ、倒産件数(マッサージ業区分)は過去20年で最多を更新した、という3点になる。「開業すれば年収が上がる」「勤務のほうが安定している」という単純な二択ではなく、公定価格に縛られる勤務と、自費比率をコントロールできるが競争が激化している開業と、それぞれ異なるリスクとリターンの構造を持つと捉えるのが実態に近い。自分のキャリアをどちらの構造に置くか、あるいは両者を組み合わせるかを考える際の土台として、こうした一次統計を定期的に確認する習慣を持ちたい。