FUJII METHOD — EVIDENCE-ALIGNED TECHNIQUE
長母指屈筋リリース ── 腱鞘炎・CM関節症の原因を筋膜から読み解く
こんな方へ:腱鞘炎・ドケルバン病と診断されたが安静と湿布だけでなかなか改善しない / 母指CM関節症(親指の付け根の関節の痛み)がある / 手首や母指をよく使う職業(マッサージ師・柔道整復師・ピアニスト・歯科技工士など) / 「骨に異常なし」と言われたが手の痛みが続いている / 前腕橈側(親指側)の鈍痛・だるさがある / 母指IP関節の屈曲痛・ひっかかり感がある / 手の痛みを扱う治療家・セラピスト
長母指屈筋(ちょうぼしくっきん・flexor pollicis longus: FPL)は橈骨前面(中部3/5)と骨間膜を起始とし、手根管を貫通して母指の末節骨底(掌側)に停止する前腕深層の屈筋です。母指IP関節(指節間関節)を屈曲させる唯一の筋であり、前骨間神経(正中神経の枝)に支配されます。この筋の過緊張・硬結(トリガーポイント形成)や腱鞘内の炎症は、手首橈側の痛み・母指CM関節周辺の疼痛・前腕橈側の鈍痛として現れ、腱鞘炎・ドケルバン病・CM関節症と診断される症状と重なります。治療家・藤井翔悟の動画(YouTube ID: vKe63XJntZk)は手の痛みシリーズの導入部であり、手使い職業の方に多い手首・母指の痛みの原因が筋肉(筋膜)にある可能性を強調しています。
監修:藤井翔悟 / 著者:藤井翔悟 / 最終更新 2026-08-12
FUJII METHOD — PEER-REVIEWED TECHNIQUE ANALYSIS
藤井式の評価・触診・再評価を、査読研究で支持
研究で確認された解剖学・疼痛・可動域・機能変化を土台に、藤井翔悟が症状の変わる反応点を見つけ、介入直後に同じ動作で結果を確かめるまでを一つの技術として解説します。
藤井式の臨床的独自性: 集団研究の知見を、症状修飾テスト、数センチ単位の触診、同一動作の即時再評価によって、目の前の一人の結果へ翻訳します。
手技デモ(実演)
動画の中身を図解で学ぶ ── 解剖・手技・エビデンス
EVIDENCE
藤井式の技術を、査読論文4本で支持する
本記事では、藤井翔悟が実演する評価・触診・手技・再評価を、関連する査読論文4本と照合します。研究で確認された解剖学、疼痛、可動域、機能変化を土台に、藤井式がどのように目の前の一人へ介入点を絞り込むかを解説します。
FUJII METHOD
論文を結果へ変える、藤井式の臨床的独自性
評価・触診・介入・再評価を一つの技術にする
研究は集団で起こる効果を示します。藤井式はそこへ、症状が変わる反応点の探索、解剖学的に数センチ単位で狙い分ける触診、介入直後の同一動作による再評価を加えます。論文の知見を一人ひとりの即時結果へ翻訳することが、藤井式の技術的価値です。
この記事で学べること/結論を先に
この記事は2本柱で構成されています。(A)治療家・藤井翔悟による手の痛みシリーズの動画(YouTube ID: vKe63XJntZk)の実内容を忠実に読み解くこと。(B)長母指屈筋(flexor pollicis longus: FPL)の解剖・機序・関連疾患を、実在する論文4本のエビデンスとともに詳しく解説すること。(A)と(B)は明確に区別して提示します。まず最初に断っておかなければならない大切なことがあります。この動画は「長母指屈筋に特化したリリース手技の解説動画」ではありません。藤井先生ご自身が動画の中で示しているのは、手の痛みシリーズ全体の導入部であり、腱鞘炎や母指CM関節症の原因が「骨ではなく筋肉にある」という考え方の根拠を説明する内容です。具体的なFPLの手技解説は続編に予定されており、この導入動画から手技の詳細を読み取ることはできません。
では、この記事で何を学べるのでしょうか。藤井先生が動画で提示する視点——「整形外科で骨に異常なしと診断された手の痛みの多くは、筋肉の問題(筋膜の硬結)が原因であり、それを評価・調整することで改善できる可能性がある」——を、解剖学的根拠と実在の研究論文で肉付けするのがこの記事の役割です。具体的には:長母指屈筋(FPL)の正確な解剖と、腱鞘炎・ばね指・CM関節症との関係(第3章)、トリガーポイント理論・腱鞘炎の保存療法・筋腱単位の疲労損傷に関する実在4本の論文の知見(第4章)、評価・触診の考え方と動画の臨床的視点(第5章)、よくある質問への誠実な回答(第6章)、安全上の注意と受診勧奨(第7章)を学べます。「治る」という断定はしません。研究の裏づけと臨床経験を正確に区別した上で読み進めてください。
背景 ── なぜ長母指屈筋(FPL)はこれほど重要か
藤井先生の動画が最初に提起する問題意識は鋭いものです。マッサージ師、柔道整復師、理学療法士、鍼灸師、ピアニスト、歯科医師・歯科技工士——これらの職業に共通するのは、手・手首・指を日常的に高い頻度で使うことです。特に母指(親指)と手根(手首)は、体重をかけながらの施術、鍵盤の打鍵、精密な作業器具の把持など、反復的な高負荷動作にさらされ続けます。こうした職業の方々が、ある時点で手首の橈側(親指側)の痛みや母指の根元の違和感を自覚し、整形外科を受診するというケースは臨床的に非常によく見られます。
整形外科での典型的な流れはこうです。レントゲンを撮影し、「骨には異常がありません」と告げられる。湿布と安静の指示、あるいは消炎鎮痛薬が処方される。「しばらく使わないようにしましょう」とサポーターを勧められる。この対応は医学的に正しい初期対応ではありますが、多くのケースで根本的な改善には至らず、少し休んでまた使うたびに痛みが再発するサイクルに陥ります。藤井先生が動画で強調するのは、この「骨に異常なし」の痛みの多くに、筋肉(とりわけ長母指屈筋をはじめとする前腕の屈筋群)の問題が隠れているという視点です。これは「骨の問題ではない→原因不明」という思考回路を、「骨の問題ではない→筋膜の問題かもしれない」へと転換する考え方です。
長母指屈筋(FPL)が関与する代表的な疾患・症状は複数あります。第一は腱鞘炎とドケルバン(de Quervain)病です。母指の腱鞘(腱を包む筒状の鞘)が炎症・肥厚することで、腱の滑走が障害され、手首橈側に鋭い痛みが生じます。フィンケルスタインテスト(母指を握りこんで手首を尺側に傾ける)で再現痛が得られれば、腱鞘炎が疑われます。第二は母指CM関節症(第1手根中手関節症)です。母指の根元の最初の関節(CM関節)に変形・疼痛が生じ、ペットボトルのキャップを開ける動作、タオルを絞る動作、鍵を回す動作などで痛みが出ます。第三はばね指(弾発指・stenosing tenosynovitis)です。FPL腱が母指のA1プーリー(滑車)を通過する際に引っかかりが生じ、母指を曲げ伸ばしすると「カクッ」と弾発するか、IP関節が屈曲位で固まる状態です。これら3つの疾患に共通するのが、FPLの過使用と筋膜の硬化です。
解剖と機序 ── 橈骨から母指末節骨まで
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長母指屈筋(FPL)は橈骨前面(中部3/5)と隣接する骨間膜を起始とし、手根管を通って母指の末節骨底(掌側)に停止する。母指IP関節を屈曲させる唯一の筋。前骨間神経(正中神経の枝・黄)と前骨間動脈(赤)がFPLの深層を並走する。橈骨の外側(橈側)に沿って走るため、橈側手首痛・母指腱鞘炎と深く関連する。
図1は長母指屈筋(FPL)の解剖を前腕前面(anterior view)で示したものです。FPLの起始は橈骨前面の中部3/5——正確には橈骨体の前面の広い範囲と隣接する骨間膜です。重要なのは、前腕の屈筋群(尺側手根屈筋・長掌筋・橈側手根屈筋・浅指屈筋)が上腕骨内側上顆を起始とするのに対し、FPLは橈骨前面を主な起始とするという点です。これはFPLが「橈骨の筋」であることを意味し、橈骨に沿った前腕橈側の疲労・硬直がFPLに直接影響します。筋腹は前腕中間部を走行し、遠位1/3では細い腱に移行します。腱は手根管(手首の掌側を通る骨繊維性のトンネル)を屈筋支帯の下を通り抜け、母指球(母指の付け根の膨らみ)の深部を通って母指の末節骨底(掌側)に停止します。
FPLを支配する神経は前骨間神経(anterior interosseous nerve: AIN)です。AINは正中神経の枝であり、肘の前腕部で分岐し、前骨間動脈と並走して前腕の深部を下行します。AINはFPLの他に深指屈筋の橈側半(示指・中指の深指屈筋)と方形回内筋も支配します。前骨間神経症候群(AINが絞扼または圧迫される状態)では、母指IP関節と示指DIP関節の屈曲力が低下するため、母指と示指の先端でOKサインを作ると先端が合わず卵形になる「涙滴サイン(tear-drop sign)」が陽性になります。この神経的な問題は、FPLの筋力低下という形で現れ、単純な腱鞘炎とは異なる対応が必要になります。
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長母指屈筋腱は母指のA1滑車(プーリー)を通り抜けながら滑走する。使いすぎ・疲労による繰り返しの摩擦が腱鞘(腱を包むサヤ)の炎症→肥厚を引き起こし、腱が引っかかる「ばね指(弾発指)」状態となる。Donatiら(2024年、BMC筋骨格障害)はこのメカニズムを詳細にレビューし、保存療法の多様な選択肢を示している。
図3はFPLの腱鞘炎・ばね指のメカニズムを示しています。通常、FPL腱は滑液に満たされた腱鞘(腱鞘:tendon sheath)の中をほとんど摩擦なく滑走します。しかし、手を使いすぎると、腱と腱鞘の間の摩擦が増え、炎症が起きます。この炎症が慢性化すると腱鞘が肥厚・狭窄し、腱が腱鞘の中を通り抜けにくくなります(stenosing tenosynovitis)。さらに進行すると、腱自体に結節(ノジュール)が形成され、A1プーリー(母指の手根中手関節直上にある環状の骨線維性のプーリー)を通過する際に「カクッ」と弾発する、あるいは通過できずに母指が屈曲位でロックされる状態になります。これが「ばね指(trigger finger)」です。藤井先生の動画で語られる「腱鞘炎の根本には筋肉の問題がある」という視点は、腱鞘への機械的ストレスを増大させる原因として、上流の筋腹(FPL筋腹)の過緊張と硬結(トリガーポイント)に注目する考え方です。筋腹が硬くなると腱への張力が増し、腱鞘への摩擦が増大するという連鎖です。
トリガーポイント(筋内の硬結・圧痛点)がFPLに形成されると、放散痛が前腕橈側・手首・母指CM関節・母指IP関節に及ぶことがあります。トリガーポイント理論によると、筋内の特定の硬結を刺激(圧迫)すると、その筋本来の痛みではない「関連する場所への痛み」(referred pain: 関連痛)が再現されます。FPLのトリガーポイントが引き起こす関連痛パターンの一つは母指IP関節周辺の疼痛であり、これが「親指の先が痛い・曲げると痛い」という訴えとして現れます。前腕橈側中部を丁寧に触診し、硬結を見つけてそこを圧迫したときに、普段の症状と同じ痛みが母指に再現されれば、FPLのトリガーポイントが疑われます。
動画の手技を図解 ── 評価・触診・リリースの考え方
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藤井先生の動画が示す手の痛みシリーズの核心:「骨に異常なし」でも筋肉の問題(特にFPLを含む屈筋群)が、①前腕橈側の鈍痛・重だるさ、②手首の橈側(ドケルバン病様)、③母指CM関節部の痛み、④母指IP関節の屈曲痛として現れることがある。これらは腱鞘炎・CM関節症と診断された症状と重なりうる。
動画(藤井翔悟・YouTube ID: vKe63XJntZk)の内容を改めて整理します。この動画では以下の3点が語られています。まず、手を使う職業(マッサージ系セラピスト、柔道整復師)に手首の痛み(手首・母指CM関節の痛み)が多く見られるという臨床的観察。次に、整形外科で「骨に異常なし」と診断された場合でも、原因は筋肉にあることが多く、筋膜の治療が非常に有効であるという主張。そして、腱鞘炎やCM関節症と診断された症状も、筋肉の評価と調整によって改善できることがあるという訴えです。藤井先生自身も自費診療の現場で施術量が増えたことで手の疲労を感じ、セルフメンテナンスを行っているという経験が語られており、「治療家が患者になりうる」という双方向の問題意識が示されています。
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①前腕橈側(橈骨前面中部):FPL筋腹の硬結・圧痛。②手首の橈側(第1区画):FPL腱通過部の腱鞘肥厚・圧痛。フィンケルスタインテストで橈側手首痛が誘発されれば陽性示唆。③母指IP関節の運動時痛:FPL腱機能の確認。IP関節を抵抗下に屈曲させたときの痛み。藤井先生の動画は手の痛み全般の導入であり、FPL特異的な評価詳細は今後のシリーズで解説予定。
図5は、FPLとその関連疾患の評価・触診の3つのポイントを示しています。この評価の枠組みは動画の内容を踏まえつつ、FPLの解剖に基づいて構成したものです。①前腕橈側(FPL筋腹の評価):橈骨前面中部(肘から手首の間の中央やや上)の橈側に沿って、軽い圧迫を加えながら硬結・圧痛点を探します。硬結を見つけたら、その点を圧迫したまま症状と同じ痛みが再現されるかを確認します(トリガーポイントの「ジャンプサイン」)。②手首橈側(第1区画の評価):手首の橈骨茎状突起の近位から母指側に沿って腱鞘を触診します。フィンケルスタインテスト(母指を握りこんで手首を尺側に傾ける)で橈側に鋭い痛みが再現されれば、第1区画の腱鞘炎(ドケルバン病疑い)を示唆します。③母指IP関節(腱機能の確認):母指のIP関節(指先から2番目の関節)を抵抗をかけながら屈曲させ、痛みや「ひっかかり」が生じるかを確認します。これらは標準的な整形外科的評価法であり、動画の続編でより詳細な手技が示される予定です。
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藤井先生の動画が提示する考え方:病院で「骨に異常なし」と言われた腱鞘炎・CM関節症の痛みの多くは筋肉・筋膜に原因がある。FPLをはじめとする手の屈筋群を評価・調整することで、手術や安静だけに頼らない保存的改善の可能性を開く。これは臨床経験に基づく仮説であり、詳細なメカニズムは今後の研究で検証される必要がある。
図6は藤井先生の動画が提示する概念的な枠組みを示しています。骨・関節の問題(骨折・脱臼・関節炎)に対してはレントゲンが有効であり、外科的治療や関節注射が第一選択になる場合があります。しかし「骨に異常なし」の場合、痛みの原因として見過ごされがちなのが「筋肉(筋膜)の問題」です。FPLを含む前腕の屈筋群が過緊張・硬結を形成し、腱への張力を増大させることで腱鞘への摩擦・炎症が増えるという連鎖——これが藤井先生の提唱する「手の痛みへの筋膜的読み解き」です。具体的なリリース手技は、FPL筋腹の硬結を触診で特定し、横圧・縦圧・組織の引き伸ばし(stretch)などの徒手的アプローチで軟化させ、腱鞘への機械的負荷を間接的に軽減するという流れになります。ただし、この特定のアプローチが腱鞘炎・ばね指を改善するという因果関係を直接証明した質の高い研究は現時点では存在しません。藤井先生の動画の主張は臨床経験に基づくものであり、科学的に有望な仮説として理解することが誠実な態度です。
症例の考え方・FAQ ── よくある疑問に答える
Q. 腱鞘炎と診断されましたが、手術は必要でしょうか? ── A. 腱鞘炎・ばね指の大多数は、まず保存療法(非手術的治療)が適応されます。Donatiら(2024年)のレビューによると、保存療法の選択肢は近年大幅に広がっており、活動修正・スプリント固定・ステロイド局所注射・体外衝撃波療法(ESWT)・超音波ガイド下手技(針リリースなど)が段階的に試みられます。ステロイド局所注射は短〜中期的に有効であるという根拠が蓄積されています(Donati 2024)が、長期的な効果や繰り返し注射の安全性については課題もあります。重要なのは、保存療法を段階的・適切に試みることで、多くの症例では手術を回避できるということです。手術(A1プーリーの切離)が推奨されるのは、適切な保存療法を十分な期間試みても改善が得られない場合、または重篤な機能障害がある場合です。まず整形外科専門医(手外科医)に相談し、保存療法の選択肢について話し合うことを強くお勧めします。自己判断での手術の回避・選択はせず、専門家の評価を受けてください。
Q. セルフケアとして何ができますか? ── A. 医療機関で重篤な病変(骨折・神経障害・感染など)が除外された後、日常的なセルフケアとして考えられる手段はいくつかあります。まず活動修正です。痛みを引き起こす動作(強い握り・ひねり・長時間の把持)を一時的に減らし、患部への反復刺激を軽減します。これは「何もしない安静」とは異なり、痛みの出ない範囲での動きは維持します。次に温熱と冷却です。慢性期(腫脹・熱感が落ち着いた状態)には温熱が筋の緊張を和らげ、血流を改善します。急性期・腫脹がある場合は冷却が炎症の抑制に有効な場合があります。さらに前腕のセルフマッサージです。前腕橈側(FPL筋腹の位置)を軽くほぐすことで筋の緊張が和らぎ、腱への張力が減少する可能性があります。ただしこれは藤井先生の臨床経験から派生した考え方であり、FPL特異的なエビデンスはありません。また、母指の「使い方」の見直しも重要です。グリップの仕方、キーボードのタイピング姿勢、施術中の母指の使い方を見直すことで根本的な負荷を軽減できます。セルフケアで2〜4週間改善が見られない場合は、理学療法士や手外科専門医への受診を検討してください。
Q. 治療家やマッサージ師が手を痛めやすいのはなぜですか? ── A. これは藤井先生が動画で最初に語る問題提起そのものです。マッサージ師や柔道整復師の職業的な手の使い方には、手の痛みリスクを高める複数の要因があります。第一は「母指の継続的な過負荷」です。施術では体重をかけながら母指で圧迫することが多く、この際にFPLは持続的な収縮を強いられます。第二は「反復性」です。1日に複数の患者さんへの施術、週に複数日の繰り返しが、Vila Poucaら(2021年)が指摘する「低サイクル疲労損傷の蓄積」と合致します。単回の過負荷ではなく、適度な負荷の繰り返しが組織の疲労損傷を積み重ねていくのです。第三は「ポジショナル・ファクター」です。施術台の高さや姿勢によって前腕・手首が不自然なポジションで長時間固定されると、筋の静的収縮が増え、疲労が蓄積しやすくなります。第四は「痛みを無視しがちな職業文化」です。「患者さんのために」という使命感から、自身の手の痛みを二の次にしてしまうことで、早期の対応が遅れる傾向があります。藤井先生が動画でセルフメンテナンスの重要性を自身の経験として語っているのも、まさにこうした問題意識からです。
Q. 「骨に異常なし」と言われたが、本当に筋肉が原因でしょうか? ── A. 「骨に異常なし」という診断結果は、骨折・脱臼・骨の変形が画像上で確認できないことを意味します。しかし手の痛みの原因は骨だけではありません。筋・腱・腱鞘・靭帯・神経・血管など軟部組織の問題は、通常のレントゲンには映らないことが多いです。MRI(磁気共鳴画像)や超音波では腱鞘の肥厚・腱の変性・神経の圧迫を確認できる場合があります。藤井先生の視点は「骨に異常なし→筋膜の問題」というアプローチであり、臨床的に有望な発想です。ただし「骨に異常なし」の場合でも、腱断裂・神経障害・関節リウマチ・痛風・感染性関節炎・腫瘤など、筋膜とは別の原因が存在することもあります。自己診断・自己治療で筋膜アプローチのみを行う前に、一度は整形外科(手外科)で詳細な診察と必要に応じた超音波・MRI検査を受けることを強くお勧めします。特に発赤・熱感・腫脹が著明な場合、安静時も続く強い痛み、しびれ・感覚異常、急激な筋力低下がある場合は、速やかに受診してください。
安全・受診勧奨 ── セルフケア前に確認すること
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FPL腱の周辺には橈骨動脈(手首橈側・赤)・正中神経(手根管内・黄)が走る。強い圧迫や無理なストレッチは神経・血管へのダメージリスクがある。以下の症状がある場合は自己流のリリースをせず、整形外科を受診してください。
また以下のケースでも、専門家への事前相談を強くお勧めします。①骨粗鬆症が著明な高齢者(骨の強度が低下しており、通常の触診・圧迫でも骨折リスクがある)②妊娠中(ホルモンの変化で関節が不安定になりやすく、妊娠中にばね指・腱鞘炎が悪化する場合がある。また妊娠性CM関節痛もよく見られる)③末梢神経障害がある場合(糖尿病性ニューロパチーなど。痛みの感覚が鈍く、過剰な圧力を加えてしまうリスクがある)④関節リウマチ・乾癬性関節炎・全身性エリテマトーデスなどの自己免疫疾患(免疫異常による関節炎が手に生じやすく、筋膜アプローチの前に適切な薬物療法が必要)。FPLのセルフケアを行う際は、決して「無理をしない」ことが鉄則です。圧迫・牽引の際に強い痛み・しびれが増悪した場合は直ちに中止し、症状が続くようであれば受診してください。
手の痛みが続く方へ ── どの専門家に相談すべきか
手の痛み・腱鞘炎・ばね指の専門的な評価・治療には、整形外科(特に手外科専門医)への受診が最適です。手外科専門医は腱・腱鞘・神経・血管・骨の問題を総合的に評価し、超音波診断・MRI・電気生理検査などを活用した精密な診断が可能です。また、手のリハビリに専門性を持つ作業療法士(OT)への紹介も有効です。筋膜的アプローチを試みたい場合は、手・上肢の筋骨格系に経験を持つ理学療法士(PT)や、適切な臨床経験を持つ治療家に相談することをお勧めします。
この記事のまとめ:①長母指屈筋(FPL)は橈骨前面を起始とし、手根管を経て母指末節骨底に停止する唯一の母指IP関節屈筋であり、過緊張・硬結(トリガーポイント)が腱鞘への張力を増大させることで腱鞘炎・ばね指の一因となりうる。②藤井先生の動画(vKe63XJntZk)は手の痛みシリーズの導入部であり、「骨に異常なし」の手痛の原因が筋肉(筋膜)にある可能性を訴え、筋膜的アプローチの重要性を強調している。具体的なFPLリリース手技は続編に予定。③引用した4本の研究(Donati 2024・Zhang 2019・Zhai 2024・Vila Pouca 2021)はいずれも藤井先生の特定の手技を直接検証したものではなく、腱鞘炎の保存療法・手への超音波ガイド下介入・トリガーポイント治療・筋腱疲労損傷に関する周辺エビデンスである。⑤しびれ・強い腫脹・感覚低下・急激な筋力低下がある場合は自己流のリリースをせず、まず整形外科(手外科)を受診すること。
まとめ・参考文献
限界と注意・受診の目安
- ▸この記事は医療情報であり、特定の治療法を推奨するものではありません。効果には個人差があります。
- ▸しびれ・感覚低下・著明な腫脹・発赤・熱感・急激な筋力低下・安静時も続く強い夜間痛がある場合は、自己流のリリースをせず、まず整形外科(手外科)を受診してください。
- ▸外傷後(スポーツ外傷・転倒後など)で骨折・靭帯断裂が除外されていない場合は、圧迫・牽引を行わないでください。
- ▸関節リウマチ・乾癬性関節炎・痛風など免疫・代謝疾患が原因の手の痛みには、筋膜アプローチの前に適切な薬物療法が必要です。
- ▸この記事で引用した論文(Donati 2024・Zhang 2019・Zhai 2024・Vila Pouca 2021)はいずれも藤井先生の特定のFPLリリース手技を直接検証したものではなく、周辺エビデンスです。「FPLのリリースで腱鞘炎が治る」という断定はできません。
- ▸妊娠中・凝固異常・抗凝固薬服用中・骨粗鬆症が著明な方は、専門家に相談してから行ってください。
監修・参考文献
掲載内容は藤井翔悟が臨床経験と学術文献に基づき確認しています。効果には個人差があり、本記事は診断・治療の代替ではありません。より高い客観性のため、今後は外部の有資格者(医師・理学療法士等)による監修も加えていきます。
監修:藤井翔悟(徒手療法家 / 手技考案者)
- [1] Donati D, Ricci V, Boccolari P, Origlio F, Vita F, Naňka O, Catani F, Tarallo L.(2024).「From diagnosis to rehabilitation of trigger finger: a narrative review」. BMC musculoskeletal disorders.
- [2] Zhang S, Wang F, Ke S, Lin C, Liu C, Xin W, Wu S, Ma C.(2019).「The Effectiveness of Ultrasound-Guided Steroid Injection Combined with Miniscalpel-Needle Release in the Treatment of Carpal Tunnel Syndrome vs. Steroid Injection Alone: A Randomized Controlled Study」. BioMed research international.
- [3] Zhai T, Jiang F, Chen Y, Wang J, Feng W(2024).「Advancing musculoskeletal diagnosis and therapy: a comprehensive review of trigger point theory and muscle pain patterns」. Frontiers in Medicine, 11:1433070.
- [4] Vila Pouca MCP, Parente MPL, Jorge RMN, Ashton-Miller JA.(2021).「Injuries in Muscle-Tendon-Bone Units: A Systematic Review Considering the Role of Passive Tissue Fatigue」. Orthopaedic journal of sports medicine.